2009年7月 9日 (木)

Tokyo City Tour

Photo013_400 三沢さんに痛みを取って頂いて以来、すっかり世界が変わったかのようにいろいろなことができるようになりました。

課題の外旋筋は稼働域が大幅に広がりましたし、寝ながらであれば腕をぐるぐる回すこともできるようになりました。

動かせるようになったからこそ感じる痛みや問題点も新たに出てきていますが、やるべきことは先日の診察で明確になったので、今はひたすらその課題の克服に時間を費やしています。

病院はというと、こちらはしばらくお休みをしています。

痛みの取れ方が、おそらく医学の世界では説明がつかない神業的な取れ方だったため、その点での理解と考慮が得られるかどうかという不安がありました。

今の時点で一番避けなければいけないのは痛みの再発です。

また無理なストレッチをして痛みを再発させたり、新たな痛みを作ったり、痛みの癖付けとなってはせっかく痛みを取り除いた意味がなくなってしまいます。

自分の考えの中にも、この状態で主治医の先生に見せたいという明確な考えがありました。

また、痛みを取って頂いたドクターの治療方針を最優先にしたいという考えもありました。

その点での意見の合致が三沢さんとの間で得られたため、今は病院をお休みして、課題の克服に全力を上げています。

そんな中で、今日は3週間振りに樗木さんのお時間を頂けたので、久しぶりに恵比寿の加圧スタジオへ行ってきました。

当初は、最初に軽くランニングをして、その後ストレッチや加圧等のトレーニングを受ける予定でしたが、またしても大都会“Tokyo”の街並みに魅了され、結局、帰宅時間まで2時間以上走り続けてしまいました。

最初は、恵比寿から「五反田」までということでスタートしましたが、ここまで来たらということで次は「品川」になり、そうしたら次は「銀座」までということになり、途中きれいな「東京タワー」が見えたのでじゃあその下までということになり、最後はやはり「六本木ヒルズ」へということでそちらを回って帰ってきました。

最近は、かなり入念な長距離走を続けていたので、今日は調子もよく、呼吸やフォームの乱れも最小限に抑えられ気持ちよく走り切ることができました。

また、何よりも、質の高いランニングができたことが最大の収穫でした。

樗木さんもいっしょに走ってくれたので、終始フォームチェックやアドバイスを受けられ、また、道案内からi-podの代わりまでしてくれ、一人で走る何倍も充実した走りこみができました。

やはり、すべての運動は、「歩く・走る」から始まります。

正しい走り方を身につければ、それはイコール正しい投球動作にもつながります。

一概に、走りこみと言っても、下半身や心肺機能の強化だったり、辛い嫌なイメージだったりというだけではなく、改めて体全体を使った全身運動であり、投球動作に通じる点がいくつもあることを実感しました。

これからも、姿勢と走り方の習得、肩の課題克服に全力を尽くして行きたいと思います。

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2009年7月 7日 (火)

Defence is the Best Offence 3

04_320 そして、最後のこだわり、それはピッチャーとしての“誇り”と“決意”である。

野球というのは、たとえ審判が“PLAY BALL”と叫んでも、たとえバッターが準備万端にフルスイングしても、ピッチャーがその一球を投じるまでは決して始まらないスポーツである。

誰よりも高い位置でゲームを見渡し、その注目が途切れることはない。

その日の流れも、時間も、勝敗も、すべてはピッチャー次第といっても過言ではない。

それだけ、ピッチャーというのは特別な存在なんだと知ってほしい。

もちろん、天狗になれとか、調子に乗れというのではなく、ピッチャーであることを胸を張って自慢できるぐらい誇りに思っても良いという意味である。

なぜなら、マウンドには、それだけ大きな責任と重圧が伸しかかるからである。

よく、指導者の中には、「うちの選手は、ブルペンではすごく良いのに、大事な場面になるとすぐプレッシャーに押しつぶされる。」と嘆く人がいる。

ぼくは、いつも、子どもたちに指導をするとき、まずはじめにマウンドの厳しさ、恐ろしさを説明する。

その上で、それに値する厳しい練習が待ち受けていること、他にもポジションは山ほどあることを説き、それでもピッチャーをやりたいかどうかを確認する。

技術的な向上は、今後、高校・大学と進むにつれて大いに期待が持てるが、精神的な面は成長とともに固定観念が身につけば身につくほど教えるのが難しい。

そして、その精神的な強さ、決意、覚悟が、ピッチングの9割を占めるとも言われている。

死んでも、マウンドを守る覚悟はあるか?

死んでも、チームを勝利に導く覚悟はあるか?

どんなにエラーや配球ミスがあっても、敗北の全責任を負う覚悟はあるか?

以前、アメリカで、「KAMIKAZEほど怖いものはない。」とぼくに呟いた人がいた。

野球においても戦争においても、人生においても、意を決した者を止めるのは容易ではないということだろう。

体格や戦力、軍事力に勝るアメリカが、意を決して向かってくる小さな戦闘機に恐怖を見たというのは、おそらく間違いない。

実際に、野球の試合でも、すごい球を持っているのになぜかいつも打たれる選手、見た目は大したことないのになぜかいつも打たれない選手というのがにいる。

観客の視線や敗北の恐怖、大舞台でのプレッシャーなんていうのは、ピッチャーが固めるべき決意の大きさにくらべたら大した量ではない。

ぼくが、あんな球でプロのマウンドに上がれたのも、肩がこんな状態になっても野球を続けるのも、飯もまともに食えないのに胸を張って「職業は野球選手だ」と言えるのも、すべての理由はここにある。

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2009年7月 2日 (木)

Defence is the Best Offence 2

Img_0001df_320 二つめのこだわり、それは「ピッチャー陣としての絆」である。

バッターボックスは9人で守ることができても、マウンドを守れるのはただ1人である。

チーム一丸となってバッターボックスに立つことはできても、マウンドに上がれるのは“ピッチャー陣”だけである。

先発ピッチャーが引きずり降ろされたら、次のマウンドを守るのはだれか?

リリーフピッチャーがランナーを貯めてマウンドを降りたら、そのランナーを一人も帰すことなく片づけてくるのはだれか?

マウンドの上で冷や汗をかくピッチャーがいたら、その汗を拭きに行くのはだれか?

マウンドの上で悔し涙を流しているピッチャーがいたら、その涙をうれし涙に変えてやるのはだれか?

それができるのは、ピッチャー陣だけである。

だから、ぼくは「とにかくお互いを知れ!」とピッチャー陣には説いている。

性格、出身地、大好物、両親の名前から好きな女の子の名前まで、とにかく仲間を知れと説いている。

短期決戦の多い学生野球においては、「一人の絶対的エースはいらない。みんなでマウンドを守れ!」というのが、彼らの“夢”を叶える最善の方法だとぼくは考えている。

一人の怪物を生み出すには、おそらく、運命、出会い、境遇、遺伝子等々、さまざまな奇跡が必要である。

しかし、みんなが一丸となってマウンドを守ることに奇跡は必要ない。そして、その力は計り知れない。

食事のときも、移動のときも、常にいっしょに行動する。全員でスタートしたら、全員でゴールする。

とにかく、あの険しいタフなマウンドを守るには、ピッチャー陣の結束が必要不可欠である。

先日の走りこみでは、ケガで走れない者のユニフォームを元気な者に持たせて、長い長いロードワークをピッチャー陣に課した。

ぼくは、その光景を後ろから見つめていたが、手に握りしめる者、脇に抱える者、背中に背負って走る者もいた。

彼らは、しっかりとケガで走れない者の悔しさを背負い、どしゃ降りの雨の中、全員でゴールした。

彼らには、その意味がわからなかったかもしれない。

でも、あの孤独で険しいマウンドに一人ポツンと立たされたとき、きっと彼らは仲間の存在の大きさに気づくことだろう。

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