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2007年5月 2日 (水)

18年振り

Frame75961211 最近、「なぜアメリカなの?アメリカじゃないとダメなの?」と聞かれることがよくある。

もちろん、アメリカは世界最高峰の野球大国だし、アメリカ人の気質や文化もぼくの性格には合っている。でも、そういえば、いつごろからぼくはアメリカを目指すようになったのだろう‥。

自分でもはっきりとした答えは分からないが、おそらくそれは子供のころの経験が大きかったのではないかと思う。

ぼくは、父の仕事の都合で、2歳から4歳までの2年間をアメリカノースキャロライナ州ローリーで過ごしている。そのときの記憶がはっきりとしているわけではないが、物心つくころには、アメリカの文化や歴史、言語に自然と触れる機会を与えられていた。

そのときのぼくはというと、実は母に抱っこされるか家で飛び回っているかで、決してアメリカの生活に溶け込んでいたわけではない。しかし、3歳になって、兄の通うセントマイケルズ幼稚園に入学してからは、英語で授業に参加して、幼稚園のイベントに参加して、周りの友達と一緒に遊ぶようになった。

このとき覚えた英語は、その後の日本の生活でほとんど忘れてしまったのだが、発音や舌の使い方は今でも自然とできるようになっており、体で覚えたものは以外に忘れないものらしい。

それから18年、ぼくは日本の学校に通い、そのほとんどを野球に捧げ、野球漬けの毎日をおくった。言葉とともにアメリカでの生活などすっかり忘れ、まさか自分がアメリカの野球に挑戦することになるなんて思ってもみなかった。

しかし、転機は突然やってきた。兄の大学卒業記念として、家族全員で18年ぶりにかつての我が家を訪れることに決まったのである。今となっては、飛行機やホテルの手配など自分で行い、試行錯誤しながら安く良いものを手にいれようと努力しているのだが、このときは、ごく平凡な家族旅行という感じで到着するまで自分がどこに行くのかも知らず、ただ家族に引っ張られて連れて行かれたようなものである。

しかし、ローリー、ニューヨーク、サンフランシスコと大都市を回るにつれて、ぼくの人生観は大きく変わった。ローリーの閑静な町並みやニューヨークの高層ビル群、サンフランシスコ港の活気を肌で感じ、アメリカが持つそのパワーとインパクトに大きな衝撃を受けた。

そして、そのときぼくは、この国で認められこの国で成功したいとすぐに思った。アメリカには、全世界から移民を引き付ける何か独特なエネルギーがみなぎっているような気がする。そうやってみんな海を渡るのだろう‥。

ただ、そのときのぼくには、何で成功をつかめばいいのかという明確なビジョンはなく、ただ漠然とそこらへんの観光客と同じように、自由の女神を眺めながら「デカっ!」とか言って帰国したのである。

その後は、語学留学をしようか、外資系企業に就職して転勤をしようかなどアメリカに行く手段をあれこれ考えてみたが、やはりぼくが自信をもって誇れるもの、そしてあの超大国に衝撃を与えられる唯一のものは“野球”しかなかったのである。そして、2週間で出発の準備を整え、独立リーグのトライアウトを受けに海を渡ったのである。

いったん引き付けられたら止まらないのが、ぼくの性格である。一度アメリカの文化や社会を経験すると、日本の文化や社会のいたるところにストレスを感じてしまう。だからといって、日本が嫌いとかアメリカが一番というのではなく、ぼくがもっとも野球を楽しめる環境がアメリカのボールパークにある、ただそれだけである。

もちろん、日本でプレーするチャンスがあれば挑戦してみたいと思うが、きっと日本のマウンドに立っても自分の良さが出ないだろうと思っている。いずれはもっと大人になりたいと思うが、今はまだあのマウンドの変なプレッシャーが嫌いである。

そういう分けで、ぼくはアメリカにこだわっているのかも知れない。でも、その本当の理由がわかるには、もう少し時間がかかるだろう‥。

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