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2007年6月28日 (木)

simulation

Dscn1407 チームは今週遠征から帰り、昨日から4連戦のホームゲームを戦っています。

ぼくは、先週の留守番の間に、練習生としてのルーティーンを確立し、コンディションの調整も順調に進んでいます。

先日、遠征帰りのチームメイトに「お前は、ひとりで何やってたんだ?」と聞かれたので、「ひとりでフェンスにボールを投げて、自分でそれを取りに行ってたんだ。」と答えたら、お前は“クレイジー”だと笑われました‥。

人の気も知らずにのん気なもんだなと思いながら、でもこうやってチームメイトとコミュニケーションをとれることがぼくにはとっても刺激になります。

そんな中で、今日はチームメイトやテスト生相手にライブピッチングを行い、順調に調整されているかトライアウトされることになりました。

待ちに待ったマウンドでの登板、そして久々バッター相手のピッチングにとてもわくわくし、テンションを押さえるのに苦労しました。

登板前にもう一度前回の失敗を振り返り、今回とくに意識したのが、力み過ぎの手投げにならないよう下半身に意識をおくことと、球をストライクに集め過ぎずボールで勝負すること、そして、こちらではキーポイントとなるカーブのスピードをもう少し落とし、低めで勝負すること。

この3つだけを特に注意し、あとはリラックスして投げれれば大丈夫だろうと楽観的に捉えていたので、とくに混乱することなく終止集中して投げることができました。

そして、打者15人を相手に目立った当たりをされることなく、カーブやスライダー、シンカーやチェンジアップの反応を確かめ、今後の課題も見つけることができました。

こんな“スキニーガイ”の投げるまっすぐにバットが空を切るので、対戦したチームメイトが首をかしげて驚いていました。この瞬間がぼくのお気に入りです!

あの登板のあと頂いた様々なアドバイスは、自分が忘れていたことや意識したことのなかったものなど、改めて自分のピッチングを見つめ直す良い機会になりました。本当に感謝しています。

そして、今日は最後に日本人ファミリーがフリーダムを応援しに遊びに来てくれました。今はまだ、ぼくのピッチングを見せられなくて残念ですが、久々日本語を話しストレスなく会話ができるので、とってもリラックスできました。

ぼくがベンチに入っていなければあそこがぼくの定位置なので、是非、また遊びに来てくださいね!

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2007年6月22日 (金)

keep going

Dscn1398 ロースターを外されてから4日。チームは6日間の遠征に出て長い長い21連戦を締めくくろうとしています。

ぼくは、ひとりフローレンスに残り、毎日トレーニングの日々を過ごしています。

オーナーや監督、ホストファミリーの協力もあって、今は毎日1PMに家を出て6PMに迎えが来るまで練習をするという日々を送っています。

解雇されてからいろいろ前回の試合について振り返ってみましたが、やはりはっきりとした原因は正直わかりません。

ただ、自分らしいピッチングができたか、今までの練習の成果が出せたかといえば、その答えは“No”でした。

技術的にも精神的にも悪いことが重なって、それを修正できなかったことが最大の原因だろうと思います。その他にも、悪いことはたくさん浮かびます。

でも、ぼくには立ち止まってゆっくり反省してる暇はありません。まだ終わったわけではないので、とにかく今は前を向いて前進して行くしかありません。

あのタイガー・ウッズも言ってました。“過去を振り返って後悔するよりも、前を向いて突き進む方がよっぽど楽しい”って。

だから、今は再契約を目標に、前向きに日々ボールと向き合って行こうと思っています。

また、ホストファミリーのエディやシャーリーも、高齢ながらぼくを食事や散歩、牧場などに連れ出してくれ、毎日リラックスさせてくれているのでとても感謝しています。

また、このブログやメールを通して多くの方々から激励の言葉や励ましの言葉を頂いて本当に感謝しています。

今までは、自宅でインターネットが使えなかったのでひとりでヘコんでいたのですが、何とかその問題を解決したので、やっぱりみなさんとのコミュニケーションが一番の活力になります。

また、良い報告ができるよう頑張りますので、みなさんも梅雨に負けず一緒に前進して行きましょう!

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2007年6月21日 (木)

cut

Dscn1391 今日も、いつも通り練習用のユニフォームに着替え道具の準備をしていると、ピッチングコーチのクリスがやってきてぼくの肩をたたいた。

マイナーでプレーしている選手なら、それがどういう意味かすぐにわかるはずだ。やっぱりきたなとぼくも思った。

ぼくがいるフロンティア・リーグは、とにかく若い選手が多い。だから、結果が出なければ即刻解雇されるし、ケガをしたらすぐにチームを追い出される。

毎日のようにトライアウトが行われ、いなくなった選手のロッカーにはすぐに新しい選手の名前が張られる。

これまでも、何度もそういう場面を経験し、2週間ですでに4人目のルームメイトと一緒に生活をしている。

だから、1回目の登板で結果が出ず、その後も最後までブルペンに残されることが多かったので、チームに必要とされていないことは分かっていた。そして、監督室に呼ばれた。

中に入ると、机に監督、ソファーにピッチングコーチが座り、ぼくはその前の椅子に座らされた。そして、「君は、カットだ。」と言われた。

チームにはいろいろな事情がある。連敗中だし成績も負け越している。リリーフ陣も打ち込まれているし、ぼくも時差や気候の変化などでまだまだ調整不足が続いている。

だから、素直に「わかった。」と契約書にサインした。黙って成長を見守ってくれるほどプロの世界は甘くない。自分のいる世界がいかに厳しいものか、あらためて痛感させられる瞬間だった。

でも、監督はぼくの努力を認めてくれていた。だから、最後にこう付け加えてくれた。

「君は、すごく頑張っているし、言葉が不自由な中でチームメイトとも上手くやっている。だから、ビザの許す限りここにいていいし、チームが遠征中の間も練習してかまわない。もし、調子が上がってくれば、またチームに加わることだってできる。」と。

登録選手や遠征メンバーを外れながら依然としてチームに残れることは、この世界では奇跡に近い。だから、このチャンスを生かさなければならないし、やるしかない。

だから、この先どうなるかまったく検討もつかないけど、とりあえずは今いる環境でベストをつくしてみようと思う。

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2007年6月13日 (水)

nightmare

Dscn1363 できれば夢であってほしい。でも、やっぱり現実だった‥。

ぼくのプロデビューは散々な結果となってしまった。3回を投げて7失点だった。

とにかく1球目、1回目の登板がとても大事で今後を左右することは充分にわかっていたから、その分力が入ってしまった。

もちろん、初めてのマウンドで、実践は去年のカナダ以来10ヶ月ぶりということもあり、緊張もしたし、バッターとの対戦感覚もかなり鈍っていたように感じた。

その他にも慣れないことばかりで空回りしてしまい、とにかく良く打たれた。

やっぱり、ぼくには経験が必要だ。だから、最初のイニングに大量失点したけど、ぼくにはできるだけ多くの経験が必要だからもう少しマウンドで投げさせてほしいと監督に伝えた。

そして、3回投げさせてもらったけど、その都度コーチや監督にアドバイスをもらい、頭で整理しながらなんとか最後まで投げきったという感じである。

ただ、ぼくには落ち込んでいる暇はない。去年はいろいろ混乱してしまったけど、今回はプロだ。毎日のようにトライアウトが行われ、次々と新しい選手が入ってくる。

もう、すでにルームメイトが2人いなくなった。だから、とにかく今は前を向いて全力で頑張るしかない。次はいつ自分の番になるかわからないぎりぎりの状態だから‥。

こんなところでは終われない。

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2007年6月12日 (火)

professional

Dscn1350 報告遅れましたが、無事フローレンスに入団しました。さすがプロ球団という感じで、球場、クラブハウス、トレーニングジム、ホストファイミー共にすばらしく充実しています。

一般的にマイナーの生活は過酷極まりないと言われていますが、カナダのセミプロ経験者のぼくには天国のように感じます。

まず、給料は$600ですが、ほとんどお金は使いません。クラブハウスには常に食事がありますし、ステイ先でもアレが食べたいとかコレが好きと伝えておけば次の日にはそろっています。遠征ではもちろん食事代が支給されます。

球場は、みなさんもご存知の通り3年前に建てられた新築の物件です。緑鮮やかなふわふわの芝生とカラフルに彩られた観客席、そして3000~4000人の大歓声は夢のようです。

ぼくが合流した土曜日の試合からフローレンスは2連勝していますが、ぼくは長旅の疲れや時差ぼけを心配されまだ登板していません。監督・コーチ共に選手に対するケアはすばらしいです。

あとは、ステイ先もすばらしいです。ホストファミリーのエディは元弁護士で、たぶんお金持ちだと思います。隣はゴルフ場でプール付き、車は3台あります。

お母さんは、30年小学校の教師をしていた人で、ぼくが日本人ホストの紹介を断ってアメリカ人ホストを希望したので、監督のジェイミーが気を利かせて英語を教えられる人を紹介してくれたんだと思います。

まあ、このように充実した生活を送っていますが、昨日もぼくの最初のルームメイトが解雇され突然チームを去ってしまいました。

やはり、プロの厳しさは甘いものじゃありません!こんなことに浮かれていてはいけないなと実感しています。まずは、早くマウンドに立てるよう頑張ります。

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2007年6月 8日 (金)

風邪

Dscn1336 いよいよ出発です。

実は、大使館に面接に行った日の夕方から調子が悪く、今日は絶不調となってしまいました。それでも、何とかお墓参りを済ませ縁起を担ぎ、病院にも行って薬をもらいました。

相模大野から成田空港直通のバス停でサプライズゲストの登場にびっくり。三好ファイミリーのお母さんがパンとジュースをもって見送りに来てくれました。

飛行機では、合計13時間の長旅でしたが、体調不良だったことと薬の効果もあって、その内の12時間は熟睡しておりあっという間にシンシナティまで到着。

到着後は、空港まで迎えが来ていたのでその車に乗り、球場とクラブハウスを見学し、夕食を食べてステイ先の家へ向かいました。

やっぱり、プロは違う!去年のキッチナーから比べると天と地の差で待遇が違います。

迎えが来ているだけで驚きですが、クラブハウスも超きれいです。ひとりずつのロッカーからトレーニングジム、シャワーまですべて使い放題。ましてや球場は半端ない設備です。

3年前にできたらしく、ハイウェイに乗っていてもすぐに分かるぐらい照明が充実しており、その後中に入れてもらい芝生の感触を確かめました。

あまりにもぼくが感動していたので、案内してくれていた人がマウンドまで行ってこいと気を利かせてくれ、シャドウピッチングしちゃいました。

そう言えば、この時点で体調不良はどこ吹く風という具合にすっかり忘れていましたね。

さあ、いよいよ明日からチームに帯同するらしいので、まずはジェイミーに会って挨拶をしないと。わくわくするなぁ‥

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2007年6月 7日 (木)

ステップ3 発行

Dscn1326 本日、待ちに待った就労ビザが無事家に届きました。

これで、いよいよ渡米の許可が下りたことになります。

当初の予定では、審査に4~5日かかるだろうと予想していましたが、2日間での到着にとても驚いています。

今回も、出発は中0日で明日の夕方便になりました。まずはイリノイ州シカゴのオヘア空港に向かい、そこからオハイオ州シンシナティ空港に乗り継ぐ予定です。

やはり、4ヶ月家を空ける準備を一日でこなすのはとても大変で、今日はすでにヘトヘトです‥。

これで、やっと回りの関係者は一段落するのではないでしょうか?ここまでのサポートに感謝しています。

一方、ぼくはここからが本当のスタートラインになります。とにかく、全力で精一杯ボールを投げてきます。どうか、みなさんの応援をよろしくお願い致します!

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2007年6月 6日 (水)

決意

Kh “Baseball”の起源は、1839年米国軍人アブナー・ダブルデイによって考案され、南北戦争の合間をぬって軍人の娯楽として広く全国に普及した。

一方、“野球”の起源は、1873年明治維新のまっ只中にアメリカ人教師ホレエス・ウィルソンによって伝えられ、試合開始前の挨拶や連帯責任など教育の一環として広く全国に普及した。

野球とBaseballは別物だと言う人がいる。ぼくもBaseballに携わる者としてそう思う。特に学生野球に関しては、その差が著しい。

同じルールの下で同じ道具を使っても、そこから出る一種の魅力は、選手ひとりひとりに違った表情を映し出す。

野球好きにとって甲子園は、選手達の汗と涙、そしてあの真剣な眼差しがたまらない。しかし、Baseball好きにとっては、時としてその光景が痛々しく見える。

どちらが正しいかという意味ではなく、どちらを好むかは人それぞれであるが、本来の野球はBaseballから始まったということで間違いなさそうである。

教育の一環として始まった野球は、他校に負けられないという過剰な競争心やスパルタ式練習をあおり、教育的意義としての野球もまた、過剰な礼儀や上下関係など一種の軍隊的な風潮を生み出した。

こうやって、野球の歴史を学んでみると、なんだかあたり前のように見かける野球の風景も納得できるような気がする。

ただ、以前まではあたり前だと思われていた野球も、メジャーリーグにおける日本人選手の活躍によって、飛躍的に変化してきたようだ。連日報道されるBaseballの華やかな舞台がそうさせているのだろか。

ぼくを含めて多くの子供が、そのようなやり方に疑問を感じている。もちろん、教育方針の転換や少子化、環境の変化など時代背景も影響しているのだろうが、「野球は好きだがやりたくない」・「野球は好きだがやるところがない」と嘆く子供を多く見かけるようになった。

そういう相談を受けてぼくもかっこよく答えたいものだが、恥ずかしながらぼくもしばしばグレーゾーンを歩んだことがある。

辛い練習を避けるため、わざと電車を乗り過ごしたり、グラウンドまでの距離をゆっくり遠回りして歩いたこともあった。

一流選手とは、失敗から多くのことを学べる選手のことを言う。だから、グレーゾーンは絶対に良くない。成功もなければ失敗もない道のことを言うのである。

もし、将来に渡って野球を愛しやり続けたいと思うなら、ここで逃げることはベストではない。ぼくは、大学受験のために2年間浪人をしていたとき、どうせ野球を辞め学業の道に進むんだったら、野球なんかやらずに塾にでも行ってれば良かったと思ったことがある。

でも、今こうやって野球を続け、お金をもらい、夢を与える立場になって、やっとあの時の辛い経験や諦めずに最後までやり続けたことが良かったと思えるようになった。

今のうちは、まだ分からないだろうし分かる必要もないと思う。ただ、今やっていることは絶対将来役に立つし、絶対無駄なことではない。それは、ぼくが経験者として保障する。

きっと野球が好きなんだろうし、これからも続けたいと思っているんだったら、今のグレーゾーンは卒業して毎日一生懸命がんばること。

今すぐアメリカに行くような根性がないなら、今いる環境でベストを尽くすこと。そうしないと、後で後悔するのは自分なんだから。

強く大きな“決意”がなければ、厳しいコーチには勝てないぞ!

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2007年6月 5日 (火)

ステップ2 面接

Dscn1319 無事、面接は終了しました。

今朝は5:30出発で早めに到着。駅周辺で朝食を済ませたあと、大使館へ向かいます。

朝一番の予約だったので空いているだろうと思っていましたが、正面玄関の前にはセキュリティーチェックを待つ人で行列ができていました。

そして、予定より30分遅れで面接開始。もちろん、アメリカ人相手に英語で行います。先日のミーティングどおりビザの有効期限をできるだけ延ばしてほしいいということと、すでにシーズンが始まっているので至急発行してほしいということをお願いしました。

結局、1時間程度ですべての手続きが終了し、その後は大学によって休学願を提出。今年も前期を休学することになりました。

これで、すべての手続きが終了!あとはパスポートが送られてくるのを待つのみです。通常1週間程度で発行されるので、おそらく今週末には届くでしょう?

そして、来週の月曜日には出発できれば良いかなと思います。また、一歩前進です。

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2007年6月 2日 (土)

季節はずれ

Pic_0002 Santa Claus came in the Spring. 朝、目が覚めたら枕元にアメリカからの速達便が届いていた。

差出人は、フローレンス・フリーダム球団社長の“ディビッド”。開けると中には前回キーワードで上げたオリジナルのI-797が入っていた。

「よしっ!」これですべての書類がそろい、大使館での面接予約ができる。意外と早く着いたので一安心。

早速、ウェブサイトにアクセスし来週火曜日の朝一番で面接の予約が取れました。それまでにやることはまだまだたくさんあるけど、また一歩前進です。

それにしても、書類の準備は予想以上に大変!どうせならサンタさんにやってもらいたかったけど、我が家のサンタは“My Mam”体系はそっくりですね‥。

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2007年6月 1日 (金)

プロセス

Cimg7982 今年も早いものでもう6月。1年の折り返し地点に差しかかった。

野球界ではシーズンまっ只中。独立リーグでも続々と開幕を迎えている。

ぼくはまだ日本にいて、自由気ままな生活を送っている。そういえば、去年の今頃は何をしていただろう?ふと、そんな思いが頭をよぎった。

このブログももう1年以上書き続けている。早速、昔の記事を見てみると、去年も契約交渉が上手く行かず日本で6月を迎えていた。

何にも変わってないなぁ‥。なんて思いつつも、カナダに乗り込んだときの記事を読み返してみる。

そういえば、カナダに行ったのも6月だった。ずいぶん昔のような気がする。いつの間にかこの1年で、だいぶ成長したのかもしれない。あのときは本当に切羽詰っていたから‥。

実は、誰にも話していないが、ぼくはカルガリーで一度だけあきらめそうになったことがある。キッチナーのトライアウトで合格し無事やってこれたからよかったものの、あのときは本当にショックだった。そんなことを思い出した。

ことの発端は代理人の一言だった。「すぐにカナダへ行って来い。」新しいメンバーが決まる前にピッチングを見てもらう必要があったからだ。

飛行機のチケットは翌日出発の便。ホテルやレンタカー、行き先の情報はまったくない。バスの運転手に道を聞くが、知らないの一点張りでドアを閉められた。

到着そうそう球団事務所に乗り込んでピッチングを見てくれと頼んだが首脳陣の顔は硬い。チームが決まるまで日本には帰らないと決めていたから、ここがダメなら返るところがないと思った。

未だかつて、あんなに本気で野球に取り組んだことは一度もなかった。ピッチングを見てもらった後も何とかチームに貢献できないかといろいろ挑戦した。

試合が終わった後の広いスタンドを回りごみを拾ったり、選手ひとりひとりの家族チケットを事務所からもらって配り歩いたりもした。もちろん洗濯物だって回収する。

だから、ぼくの練習時間は選手がいないときだけだ。誰よりも早く来て練習をし、バッティングの球拾いをしてグラウンドを空ける。

ロッカーがないから毎日大きな荷物を持ち歩かなければならない。おかげで、買ったばかりのスーツケースが摩擦で壊れてしまった。食事は毎日一食。夢中でやっているから食べるのも忘れてしまう。

そんな日が4~5日続いたある日、グラウンドに出たらコーチがやってきて「やっぱり契約できないから出て行ってくれ。」と言われた。クラブハウスに戻るとチームメイトが自己紹介がてらに声をかけてくる。本当に最悪だった。今からぼくはこのチームを去るのに‥。

とりあえず、電車に乗って家と球場を往復して時間をつぶした。行くところはないし家も車もない。できることはすべてやったと思ったから、本当にショックが大きかった。

言葉が通じない見知らぬ土地に放り出された瞬間、“もう駄目かもしれない”と本気で思った。

あれから1年、やっぱりぼくは成長したんだ。帰国したときは、こんなこと口がすべっても言えないと思っていたけど、今ではなに情けないこと言ってんだと言ってやりたくなる。

そう考えれば、人間は肉体的にも精神的にも成長するってとても難しいことなんだろう。あの経験がなかったら今のぼくはもちろんなかった。

おかげで、今、ぼくのコンディションは驚くほど良い。球もキレるし、冷静に物事を考えられるようになった。

これからもっと多くの挫折を味わい、さらに過酷な状況にぶつかるかもしれないけど、少しでも早くマウンドで投げたい。ただそれだけが今の願いだ。

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