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2007年7月31日 (火)

The First Day in Anderson

Dscn1733 今日は、試合前にブルペンピッチングを行い、無事通過しました。明日は、いよいよライブピッチングで最終判断が下されます。

それにしても、フリーダムとジョーズのあまりの差にとても驚きました。共通しているのは、野球という競技だけ。それ以外は、何もかもが別世界です。

まずは、野球に関してですが、これは明らかにこちらの方が上です。年齢層も高いですし、経験豊富な選手がそろっています。

それから、選手は、黒人と中南米系が多く、そのため陽気で荒々しい雰囲気がプレーでもクラブハウスでも良く出ています。

また、観客もかなり荒々しく、人口の9割を白人が占めるケンタッキーの紳士的な態度とは違い、ここでは野次が連発しています。

そして、極めつけがクラブハウス。トイレもシャワーもありません。もちろん、ウェイトルームやケータリング、テレビや冷蔵庫もありません。

球場も、芝生ははげているし、スペースがあるのに左右非対称。観客席も少しだけです。しかし、幅は広い。だから、今シーズンまだ4~5本しかホームランが出ていないそうです。

それから、もうひとつ不思議なことがありました。それは、バッターの立ち位置です。アメリカでは、アウトコースが広く、球も癖があり、腕のリーチが長いため、インサイドを広く開けバッターボックスの真ん中に立つ選手がほとんどなんです。

しかし、このリーグは、みんなインサイドぎりぎりに立っていました。おかしいなと思って良く観察してみると、なんとバッターボックスが異様に小さかったんです。

手書きで極細の線で、ホームベースからすごく離れていました。だから、バッターボックスのぎりぎりに立たないと届かなかったんです。結局は、通常の位置に立っていました。

と、まあこんな具合に貧しいマイナー球団にやってきたわけですが、これもこれでアメリカ野球の醍醐味でもあります。

一日でも早く、このチームのユニフォームを着れるようがんばりたいと思います。

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2007年7月30日 (月)

Transfer to SC

Dscn1701 難しい決断ではありましたが、新たな活躍の場を求めてサウスキャロライナ州アンダーソンに移ることになりました。

ここで、ブルペンピッチングとライブピッチングのトライアウトを受け、合格すれば契約することができます。

このままフローレンスに滞在すれば、きれいな球場と充実したウェイトルームでトレーニングを続け、毎日試合を見ながら勉強し、残り少ないシーズンを安定した生活の中で過ごすことができます。

しかし、明日の自分がどこにいるかも分からないマイナーの世界で安定を求めることは、すなわち負けを意味します。

常に新しいものを求め、常に挑戦し続けることで、自らを成長させる。これが、この世界を生き抜くための重要な心構えです。

そして、今日、2ヶ月お世話になったフローレンスとフリーダムに別れを告げ、アンダーソンへと旅立ちました。

飛行機であれば約1時間で到着する距離を、ぼくは貧乏なので夜行バスで行くことにしました。しかし、これが、またまた新たな試練となってしまいました。

グレーハウンドという有名な高速バスは、飛行機に乗れない貧困層が利用することで知られ、とにかく環境が悪い。

バスの中は散らかり放題で、座席の幅もそれぞれ違うし、席の予約もできないので数時間待って要約着たバスがいっぱいなら、また数時間次のバスを待たなければなりません。

Welcome to オハイオから始まってwelcome to ケンタッキー、テネシー、ジョージア、サウスキャロライナと果てしなく長い距離を、何度も何度も乗り換えて向かいます。

窓の外は、木や森、牧場や湖などアメリカの大自然が次々あらわれ、夕日もきれいで、そこは大満足です。

時間もたっぷりあり、いろいろな思いが頭をよぎりました。フローレンスでの思い出、新天地での期待、そして今後の課題や目標など。

ほんの数年前まで、普通に大学に通い普通にバイトをし、普通に遊んでいた自分が、まさか数年後こんなところにいるとは思わなかったなぁ‥とこれまでのことを振り返りました。

人生なにが起こるか本当に分かりません。あの時、急に思い立ってトライアウトを受けにアメリカへ行かなかったら、今ごろ普通に就職していたはずです。

挑戦する前からあきらめること、全力を出し切る前にあきらめることが、どれだけ意味のないことか、どれだけ未来の可能性を無駄にしているかがわかると思います。

これまで出会った多くの人が、ぼくをここまで大きくしてくれました。その人たちへの恩返しのためにも、まだまだギブアップはできないなと心に誓いました。

ところが、なんと、テネシー州の森の中のハイウェイで突然エンジントラブル発生。時間は午前4時、あたりは真っ暗です。

そんなに時間はかからないだろうと思っていたら、ドライバーは特に焦ることもなく、いつ直るか検討も付かないと案内したきりリラックス。

結局、夜もあけ、電気もエアコンもきかない車の中で、4時間待つことになってしまいました。さすがアメリカ、適当の国です。

そして、アトランタでの乗り換えが間に合わず、結局ここでも3時間次のバスを待つことになってしまいました。早速、ギブアップのチャンスです。

しかし、今までの自分だったら、焦ったりイライラしたりして待っていたはずですが、あの本で勝者の心構えを勉強したぼくは、自然とリラックスして楽しいことを考え過ごすことができました。

「いつも上手く行くわけではないので、感情だって揺れ動く。しかし、そうした苦しい状況にどう対応していくかが、その選手のセルフコントロール能力の差なのである。

誰でも、上手く行っていないときは、なんとかその状況を好転させようと焦るものだが、苦しいときでも好調なときでも常に自分をコントロールする選手が、コンスタントに良い成績を残せるのである。

これこそ、本当の勝負師の姿である。こういう選手は、日ごろからどんな状況でも自分のやるべきことをしっかりと把握しているので、感情のバランスを崩すことはない。」

この言葉は、とても印象に残っています。なんだか、神様も粋なことしますよね。新しいチームでテストを受ける前に、もう一度ぼくがしっかりとあの本を理解しているかどうか試したんでしょう。

そうは言っても、本音は、「ふざけんなアメリカ!」と大声で叫びたいところですが、まあ無駄な怒りはエネルギーを浪費しますし、試合で闘争心に変えるためにとっておきましょう。

そして、22時間後要約アンダーソンに到着。迎えに来てくれた監督がバス停を間違え、ここでも1時間半待ちと最後の最後までついてませんでしたが、それでも無事到着しました。

残り1ヶ月のベースボールシーズンを充実したものにできるよう、全力で頑張りたいと思います。

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2007年7月26日 (木)

I only talk winning

Dscn1658 この1ヶ月間、ぼくを支えてくれたのは、みなさんの励ましの言葉であったことは言うまでもない。

シマルーヒさんの野球は“確立のスポーツ”という言葉は、ぼくに多くのヒントを与えてくれた。その他にも、ひとつひとつのコメントを何度も読み返すことで、ぼくは明日へのエネルギーを得ていた。

そして、もうひとつ、この期間のぼくを支えてくれた精神的なバイブルがあった。それは、『The MENTAL GAME of Baseball』という一冊の本だ。

日本から持ち込んだ数冊の本の中にこの本は含まれていたが、自分で買ったわけではなく、また表紙にカバーがしてあったことから、偶然紛れ込んでいたというのが本当のところである。

前回のピッチングから立ち直るべく、グラウンドにおいてもプライベートにおいても、何かを変えなければならないと常々思っていた。しかし、その何かがはっきりとは思い浮かばなかった。

そんなとき、偶然手に取ったのがこの本だった。そして、いつの間にか時間が経つのも忘れるぐらい読みふけり、すぐさま本屋へ向かい数ある本の山からこの本の原書を手に入れた。

そして、この本を読み終えたあとぼくはこう思った。「野球の神様が、ぼくにあの本をつかませたんだ」と。大げさに聞こえるかもしれないが、ぼくにとってはそのぐらい衝撃的だった。

著者がぼくに語りかけ、ぼくの弱点をすべて知っているかのような内容に、少し恥ずかしくなったぐらいである。ぼくは、この本で、はじめて自分の精神を叩きなおすことになった。

今までももちろんメンタル・トレーニングについての勉強をしたことはあったが、今思えば、それは何不自由ない恵まれた生活の中で自己満足的に学んだに過ぎず、何の実感も必要性も沸かなかったというのが実際のところである。

しかし、今のぼくはそうじゃない。生まれ育った国をはなれ毎日が驚きの連続である。少しでも早くそれに適応しなければならない。

野球でも結果が出せなかった。今は、練習生として再契約を目指すしかない。だからこそ、チームが休みのときも、毎日自主的に球場へ通い完璧な“準備”をする必要がある。

そんな状況にあって、強い“忍耐力”そして“精神力”が求められることは言うまでもないが、ぼくにはそれが足りなかった。だから、この本がぼくに与えてくれたものがとても大きかったのである。

前回のピッチングで打ち込まれ、ぼくはこのブログやメールに“失敗”という言葉を何度も使っていた。みなさんはお気づきだっただろうか?その後も、何度も何度も口にしていた。

ぼくは、あのピッチングで取替えしのつかない失敗をしてしまったと悔やみ、自分の技術や人格をすべて否定していた。

また、監督の評価、チームメイトや観客の視線、解雇の恐怖、来年への不安など次々と雑念が頭をよぎった。

そして、ピッチングを分析しすぎるあまり投球フォームが崩れ、自分のボールが思い切って投げられなくなっていた。何に“集中”すべきかが分からなくなっていたのである。

これぞ、まさに“敗者”の悪循環という具合にマイナス思考がすべてのリズムを刻んでいるのだが、ぼくは、明らかに“自信”をなくしていた。

この本によれば、血のにじむような努力を成果として実を結ばせられるかどうかに大きく影響するのが、自信だという。

自信がなければ、どんなに技術や体力が優れていても、勝利の女神をほほ笑ませることはできないとまで言っている。

だから、たとえ目のまえの課題に不安があり失敗する可能性が高くても、現実から目を背けずに積極的な姿勢で努力し、難局を乗り越える“勇気”を持たなければ、自信などいつまでたっても生まれないと教えてくれた。

確かに、今の状況で再契約することは難しいかもしれない。このまま1試合も投げずに、今シーズンが終わってしまうかもしれない。

でも、今逃げたら失敗したまま終わることになる。このまま努力し続け、勇気をもってこの困難に挑戦すれば、あの失敗を“成功”に変えられるということもこの本は教えてくれた。

本当の勝者は、ただ成功するということを信じているだけではない。たとえ失敗しても、それは自分の人格のせいではなく、ただ“結果”が悪かったということを知っている。

彼らは、すぐさまもっと上手くやれるよう工夫し、機会があればまたトライしてみようとする。こうした度重なるチャレンジを続けながら、本当に成功を得るために何をしなければならないかを確立していく。

そして、自分が努力していることを絶えず評価しながら、適切な対処法を作り上げていくのである。「失敗も、成功と同じだけの積極的なモチベーションとなる。」

この言葉が、今のぼくには一番大きかったのかもしれない。「失敗は成功の基」とはよく言うけど、「失敗を成功に変える」という発想はなかった。

なんだか、この本を読むと、怖いものがなくなるような気がする。怖いもの(不安や恐怖)は、自分自身の想像によって生み出されたものだということを知ったからだ。

それをコントロールすれば、“恐怖”は消せる。あの雑念をすべて消し去り、自分のピッチングにだけ集中すれば、もう一度やれるかもしれない。今は、そう思って毎日練習している。

これで、ようやく打たれた原因がわかった。そう、ぼくはバッターに負けたのではなく、“メンタル・ゲーム”に負けたんだ。

あの名投手ロン・ダーリングも言っていた。「ピッチングの90%は、精神的なものだ。メジャーの野球は“心”でするものだから、自信では絶対にバッターに負けてはいけない。」

まだまだ、未熟なぼくですが、日々学習で少しずつ前進しています。一球一球を大切に、自分のためにプレーする。今のぼくにはこれしかない。

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2007年7月20日 (金)

rain delay

Dscn1396 今日のライブピッチングは、残念ながら雨のため中止となってしまいました。

そのため、明日はダブルヘッダーで時間がなく、週末は遠征、そして月曜日はオフになるので、次回のテストは火曜日になりました。

引き続き、完璧な準備を進めて行きたいと思います。

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2007年7月12日 (木)

last chance

Img_1705 昨日、今日とアメリカ野球界では各地でオールスターゲームが開催され、真夏の祭典に相応しい内容でシーズンの前半戦を締めくくった。

ぼくたちフリーダムの本拠地“Champion Window Field”は、フロンティア・リーグ15周年の記念大会に選ばれ、フローレンスも大いに盛り上がっている。

当初は、このオールスターゲームに出場することを目標に掲げていたが、スプリングトレーニングに不参加となり、開幕ベンチの願いも叶わず、そして現在は練習生としてこの大会を迎えるとは誰が予想しただろうか。

ただ、順風満帆に行かないのがぼくの野球人生であることは充分理解している。これまで、何度も越えてきた頂がそれを物語っている。

決して腐ることなく、決して諦めることなく、なんとかやっとではあるがこのプロセスを楽しむことができていると自分では感じている。

でも、この状況に満足することは絶対にできない。一球でも多く試合で投げて日本に帰国することが、今年の目標であることに変わりはない。

来週、ついに最後のテストが課せられることになった。前回と同じライブピッチングで3イニングス、打者は9人。これが、泣いても笑っても最後のチャンスである。

幸運にも、新たな移籍先がひとつ手を挙げてくれている。これで結果を出せば、再契約か移籍、失敗すれば完全に解雇。すぐに帰国しなければならない。

最近、日本から応援してくれているみなさんの声を聞いて申し訳ないと思っている。ぼくの失敗や解雇を聞いて、ずいぶん心配してくれているらしい。

ぼくがもっとしっかりしていれば、きっとそんないらない心配をさせることはないのにと自分の弱さを痛感している。

みなさん、ぼくは大丈夫ですよ!どんな状況であろうと、どんな結果であろうとやってみせますから。ぼくの“夢”は変わりません。

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2007年7月 9日 (月)

reds

Dscn1567 今日は、練習がお休みだったので、隣町のシンシナティまで遊びに行きました。

何をしようか決めていなかったのですが、やっぱり大きな球場を見るとメジャーリーグの試合が見たくなり、結局“レッズvsダイヤモンドバックス戦”を見てきました。

今までに10回近く渡米していますが、メジャーの試合を見るのはこれが始めてでとてもエキサイティングでたっぷり楽しむことができました。

球場の名前は“Great American Ballpark”。その名のとおり、最高に素敵なボールパークです。

オハイオ川に面したすばらしい景色と赤一色に塗られた観客席、綺麗に刈りそろえられた緑の芝生はどれをとっても超一流。

誰が見てもあそこでプレーしたいなあと思うに違いありません!ぼくもそう思いました。

お目当ての“ケン・グリフィーJr”は今日は当たっていませんでしたが、それでも両チーム3本のホームランが出て、結局延長11回にレッズがサヨナラ勝ちしたのでみんな良い気分で帰って行きました。

技術的なことは、あまりにも席が遠すぎてほとんど勉強することができませんでしたが、それでも彼らのスピードやパワーを肌で感じられたのは良い機会だったと思います。

また、明日からはマイナーの荒々しく活き活きとしたプレーとスタジアムにもまれ、早くあの舞台に上がれるよう修行を積んで行きたいと思います。

あらためて、まだまだ頑張らなければいけないなと感じた一日でした‥。

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2007年7月 7日 (土)

rival

Cimg6693 今日、試合前のロッカールームで急に集合がかかった。そして、ショートストップの“タイラー・エヴァンズ”がヒューストン・アストロズとマイナー契約をしたことが発表された。

その瞬間、一斉に拍手と歓声が沸き、みんな一人ずつ握手をかわして彼を見送った。そして、彼がチームを去った後、ロッカールームは静まり返りみんな視線を落として落胆の表情を浮かべていた。

ぼくは、その光景を見て少し驚いた。アメリカ人は日本人よりも気さくで社交的だから、みんなとても仲が良く一致団結しているように見える。

そんな雰囲気を感じて、ぼくはすっかりチームメイトに対する“競争心”を忘れていた。仲の良い選手がチームを去って、寂しがっていたぐらいである。

おそらく、彼らはライバルの成功を聞いて、祝福と共に悔しさを胸の中に抱いていたんだろうと思う。そして、ぼくたちはそうでなければならない。

ぼくたちは、チームの勝利に向かって互いに助け合う仲間であり、またその勝利に人一倍貢献するために競争しあうライバルでもある。

少なからず、この世界で生きていくためには少しでも多くのライバルを蹴落とし、常に先頭に立ってチャンスを掴みに行かなければならない。

そんなあたり前のことを、ぼくはこの居心地の良いフローレンスで忘れかけていたことに焦りを感じた。やはり、この単調で孤独な生活を抜け出し、より厳しく過酷な世界に身を投じる必要があるのかもしれない。

今日は、ロッカールーム全体が見渡せるぼくの特等席で選手ひとりひとりの表情を見ることで忘れかけていたものを取り戻した。あのトイレの前も悪くはない。

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2007年7月 5日 (木)

letter

Dscn1469 今日7月4日は独立記念日。昨日から、各地で一日中花火が打ち上げられています。

ぼくたちフリーダムも、2発のホームランを含む大量9得点で見事勝利し、現在4.5ゲーム差で東地区2位に付けています。

ところで、今日いつもどおり一人でストレッチをしていると、球団職員が手紙をもってグラウンドへおりてきました。

お前に手紙だと言うので住所を確認すると、なんと“奈良県”からでした。そんなところに知り合いはいないよなと思いながら名前を確認するとやはり聞いたことのない名前です。

おそらく、日本からの手紙だったので、球団職員がぼく宛のものと勘違いしたんでしょう?

一応、中を確認し内容を読んでみると、どうやらフリーダムのステッカーが欲しいとのこと。日本からわざわざ手紙を出してくれるなんて嬉しいなあと思い、早速事務所に駆け込みました。

「ぼく宛の手紙じゃないけど、この人日本に住んでるフリーダムファンだって!ステッカーが欲しいって言ってるんだけど売ってる?」と聞くと、みんな嬉しそうに喜んでいました。

メジャーならともかく、こんな小さな街のマイナー球団にも興味を持ってくれる人がいるんだなという感じで、しかも日本在住ですからね!

スタッフのみなさんも心良くステッカーをプレゼントしてくれたので、もう少し待っていてください!ぼくが責任をもってお送り致します。

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2007年7月 3日 (火)

respect

Dscn1450 今日、いつも通りクラブハウスに行ったら、ぼくの背番号が変わっていた。1ヶ月間とはいえ、自分の背番号には愛着を感じていたので少し寂しかった。

選手の入れ替えなどで自分の背番号が変わることは良くあることだが、その番号を見てビックリした。今までの♯17から今回新しくもらったのは、なんと♯42。あのジャッキー・ロビンソンが付けていた番号だ。

“Jack Roosevelt Robinson”ことジャッキー・ロビンソンは、黒人初の大リーガーとして知られ、有色人種のメジャーリーグ参加の道を開いた伝説のプレーヤーである。

彼がいなければ、最多本塁打のハンク・アーロンも我らが野茂英雄も、もちろんこのぼくも野球選手としてこの国に存在していなかったであろうことは簡単に想像がつくぐらい、アメリカ社会に、そして全世界に影響を与えた人物だ。

第2次世界大戦以前のメジャーリーグは、白人選手のみで行われ、黒人選手はニグロ・リーグという黒人のために作られたリーグでプレーしていた。まさに、人種差別絶頂の時代と言える。

しかし、まだL.A.ドジャースがニューヨーク州のブルックリンという街にあった時代、当時の会長ブランチ・リッキーは、優秀な選手と黒人市場を求めてニグロ・リーグの選手をメジャーリーグに参加させようと考える。

そこで、スカウトされたのがジャッキー・ロビンソンであった。もちろん、彼以外にもニグロ・リーグには優秀な選手がたくさんおり、成績や実力だけなら彼の名前は挙がらなかった。

しかし、彼には、彼の参加によって当然受けるであろう黒人に対する誹謗・中傷、人種差別に絶えるだけの忍耐力があった。そして、その人間性を高く評価された。

おそらく、この忍耐力は、現代の私達がもつ力の数百倍ものパワーであっただろうと思われ、当時においても、あの“世紀の大実験”に耐えられるのはジャッキー・ロビンソンしかいなかったと言われている。

そして、1947年4月15日彼はメジャーリーグにデビューする。しかし、案の定彼の自宅には連日のように脅迫状が届き、観客からは凄まじいほどの野次が飛んだ。

チームメイトの中にも彼とのプレーを嫌い移籍する者や試合を拒否する相手チームの選手も多く見られた。

それでも、彼は決して報復することなく、いつでも紳士的に振舞うことを求められた。そして、一生懸命プレーした。

その結果、彼はチームの優勝に大きく貢献し、この年に制定された第1回目の新人賞に選出された。そして、徐々にチームメイトや観客、そして白人社会に認められたのである。

そう考えれば、今ぼくがやっていること、そして我慢していることは、彼が受けた者に比べればはるかに小さい。本当にちっぽけなものだ。彼のおかげで、ぼくは今差別されることも脅迫されることもない。

だから、彼があの時必死に耐えて我慢して、そして現在の私達に残してくれたものをぼくたちは無駄にしてはならない。そして、次の世代の子供達に伝えて行かなければならない。

だから、ぼくは今日から絶対に弱音を吐かないと心に誓った。どんなに辛い道もどんなに険しい山も絶対に越えてみせる。だって、ぼくの背中をあのジャッキー・ロビンソンが押してくれているんだから‥。

この♯42という数字は、現在大リーグ全球団で永久欠番となっている。これからデビューするメジャーリーガーは、誰ひとりとしてこの番号を背中に付けることはできない。

そのぐらいこの番号は、重く大きな番号なんだ。ぼくは、心から彼を尊敬している。本当にありがとう。

そして、彼のビデオを貸してくれた貴士へ、ありがとう!

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2007年7月 1日 (日)

patience

Dscn1408 今週末は、チームがオハイオ州に遠征し、ホストファミリーがアーカンソー州に旅行に行ったため、ぼくは仕方なく練習をお休みし家でひとりでお留守番することになりました。

そこで、ホストマザーのシャーリーが良い子でお留守番しているようにと、ぼくのために炊飯器を買ってきてくれました。

早速、夕食のために買っておいたテリヤキライスを調理してみますが、あえなく“失敗”。説明書を読んでもいまいちよくわからなかったので、適当に入れた水の量が多すぎたんだと思います。

テリヤキリゾット状態で見るからに不味そうでしたが、そこは貧困パワー全快で完食!やきそば茶漬けみたいな感じで以外に美味しかったです。

まあ、食べるものがあるだけでも幸せですよね。以前聞いた話では、世界の半分が飢餓で苦しみ、残りの半分が肥満で苦しんでいるといいます。

日本に暮らす贅沢病のみなさん、毎日3食おいしい食事がとれることに感謝し“エイメン”してから残さずきれいに食べましょう!

という感じでまだまだ我慢の連続ですが、食後にインターネットをしていると、何とも腹立たしい光景を見てしまいました。

とは言っても、これは単なるぼくのジェラシーであって、本人にはまったく悪気はないわけですが、その発端となったのがコロラド・ロッキーズのカズ松井選手のウェブサイトを見たからなんです。

一部の選手のサイトやブログを見ていると、ブルペンで“ドラゴンボールZ”の話で盛り上がっていたりとか“SUSHI”が好きとか嫌いとか、ぼくらマイナー選手と同じような話をしているんだなあと遠い世界ではないように感じていたんです。

しかし、他の選手には、車で2時間の遠征場所へ行くのに疲れたとか、アメリカで真鯛が食べたかったら~と言いましょうみたいなさすが大リーガーって感じの記事もたくさんありました。

ぼくらマイナーの世界は、座席も倒れないようなバスで5~6時間ノンストップで走り続け、食事と言ってもせいぜい歩いて行ける近くのファストフード店ぐらいです。

そして、遠征最終日には一泊分を節約するため、当日の12時でチェックアウトし1部屋だけ残して選手全員の荷物を押し込め、選手は夕方5時のバスまでモーテルの廊下でひたすら時が経つのを待ちます。

こうなると、調子が良いとか調整が上手くできたとか言う前に、気力と根性で投げるしかないです。そして、極めつけが松井選手のサイトに出てくるロッキーズのロッカールームの写真なんです。

図書館の本棚みたいな大きなローカーの前で、自分の体が有り余るほどの社長椅子に座っている彼の写真が掲載されていたんです。現在の自分とのあまりの違いに愕然としました。

Dscn1394

ちなみに、これが今のぼくのロッカー。トイレの前です‥。同じアメリカで、同じ野球を、同じ日本人がやっているのに、こんなにも違うものかとあらためて痛感させられました。

しかし、彼らはこの長く険しいマイナーの世界でチャンスを掴み、多くのライバルとの競争に打ち勝ったエリート中のエリート。決して、苦労や努力なしにはい上がったとは思えません。

ぼくも、早くあの世界にたどり着けるよう、今はとにかく頑張らなくてはと改めて決意を固めました。決して、はるか遠い世界ではないと信じたい‥。

Kaz-Matsui.com:http://sports.cocolog-nifty.com/kazmatsui/2007/06/post_6443.html

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