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2007年9月28日 (金)

The Best of Best

Dscn2058 思えば、小学校4年生に野球を始めてから、夏は毎年野球漬けの日々を送っていた。そして、今年も夏がやってきた。

夏と言えば海、お祭り、花火などたくさん楽しみはあるが、アメリカで夏と言えば野球しかない。NBANFLNHLもやらない。夏にあるのはBaseballだけだ。

野球漬けという名の漬物は日本でしか食べられないとある本に書いてあったが、アメリカにも野球漬けはあった。しかし、日本のようなしょっぱさはなく、そのかわり甘くて酸っぱい味がする。

今までのようにやらされる夏ではなく、自分で飛び込んだ夏。誰かの夢を背負うわけでもなく、誰かの敷いたレールを進むわけでもない。

すべてを自分自身で感じ、自分自身で決める。いつも側にいて助けてくれる仲間はひとりもいない。だから、何があっても後悔だけはしないよう心に誓った。

夏の出だしは日本にいたが、ビザの取得が初めて上手く行き開幕直後にチームと合流することができた。

渡米直前は、カナダのセミプロやオーストラリアのトライアウトキャンプなど最悪の事態も想定していただけに、我慢が実った順調な滑り出しとなった。

しかし、渡米後2週間は、今まで味わったことのないぐらいタフでハードな夏だった。嵐のように過ぎ去った激動の2週間。残ったのは、孤独と不安だけだった。

初めて経験するプロチーム。プロとしての態度、心構え、野球への姿勢を見出すのに苦労した。

また、初めてのホームステイ。家へ帰ってもアメリカの文化や生活習慣、食事や言葉に片時も気が抜けない日々だった。

そして、プロデビュー。初めてのマウンドで3000人のファンを前にして滅多打ちにあい、今まで苦労して築き上げてきた自信とプライドを木っ端微塵に打ち砕かれた。

そして、解雇。ピッチャーにとって、嫌なイメージを払拭するリベンジの機会が二度とやって来ないのは本当に堪える。結局、アンダーソンでのデビューまでずっとあのイメージを引きずることになった。

結果的に見れば、この2週間で今シーズンの運命がすべて決まったと言っても過言ではないように思う。春に描いていた理想のシナリオがすべて崩れた瞬間だった。

しかし、そのおかげでこの世界の厳しさを知り、今後の課題を見つけ、新しい本に出会い、自分を見つめなおす機会をもらった。今では、とても良い経験になったと前向きに捉えている。

シーズンが終わってからも、もしあのときのピッチングが上手く行っていたら今頃どうなっていただろうかと考えることがある。

もしそうなっていたとしても、それはそれで貴重な経験をしただろうけど、万事順調な人生などこれっぽっちもおもしろくないだろうとぼくは思う。

実際、そのときの心境は誰だって落ち込むだろうし、どんなに強がりを言っても不安や恐怖にさいなまれることは事実だ。

正直、相当落ち込んだし、なんて情けない人間なんだと何度も自分を非難した。周囲の目を気にして、自分らしさを失いそうになることもしばしばあった。

でも、もちろんあきらめようと思ったことは一瞬たりともなかった。何か自分を変える方法はないか、どこかに次のチャンスは転がっていないかと、何かを求めることだけはやめなかった。

練習生としての日々は、我慢の連続だった。どんなにボールを投げても、どんなに長い距離を走っても試合には出れない。ユニフォームも着れない。

なぜ練習をするのかと言えば、それは試合に勝つためだ。試合では、練習したことしか出ないんだから、みんな必死になって練習するんだ。

でも、ぼくは練習が終わったら私服に着替えて観客席へ移動する。そして、練習とは無縁のお客さんに紛れてチームメイトの活躍をながめる。

ぼくは、試合に出れないことがこんなに辛く悔しいものだとは思わなかった。今までのぼくは、マウンドで投げるたった一球のために生活のすべてを捧げたことはなかったからだ。

でも、今回は1日24時間すべてを野球のために捧げた。毎日球場へ通ってトレーニングをし、どんなコンディションでも絶対に手を抜かないと心に誓った。

朝起きたらまず右腕を一周させその日の状態を確かめ、どんな場所でも右腕を冷やさないように気を使い、右腕をつぶさないように寝返りを打ち、毎日シャワーでマッサージをしながら「頼むぞ」と声をかけた。

だから、そこで得た忍耐力、チャートをつけて気づいた日本とアメリカの違い、そしてひとりひとりの選手の癖、ブルペンでは学べない貴重な経験をさせてもらったと今では感謝している。

また、アンダーソン・ジョーズとの出会いも、ぼくを大きく成長させてくれた。チャンスはどこにでも転がっていること、それを掴むのは自分自身なんだということを学んだ。

そして、なかなか思い通りにことが運ばないときでも、思い切って何かに挑戦すればその流れを変えることができるということも学んだ。

今まで数え切れないぐらいぼくを助けてくれたキャッシュ・ビーチャムと一緒に生活をし、一日中彼からピッチングの指導を受けた。

彼は、どんなに厳しい状況でも冷静な判断でチームを勝利に導いたし、常に選手やファンから絶大な信頼を得ていた。

そして、いつも表情は明るく、彼のハートは野球でいっぱいだった。何よりも野球を愛し、野球を好きでいることの大切さを彼から学んだ。

マウンドにおいては、相変わらずだらしのないピッチングを続け、プロ野球選手としての存在価値を示すことはまったくできなかったが、それでもみんなぼくを励まし支えてくれた。

マイクの指導はぼくのレベルを確実に高めてくれるものになったし、若いチームとは違い選手同士が教え合うスタイルをとるジョーズの環境が、ぼくにたくさんのアドバイスをくれた。

尊敬できる友達とも出会い、野球選手としての心構えをたくさん学んだ。とにかく結果が欲しくて欲しくてたまらなかったが、今となってはそれ以上のものをもらったような気がする。

だから、フローレンスを首になったことでアンダーソンに行けたことは本当に良かったと思っているし、まったく後悔していない。

春の契約交渉で、サウスジョージアをけってフローレンスを選んだのも、フローレンスを離れアンダーソンへテストを受けに行ったのも、自分自信で決断したことだった。代理人の指示でも、先輩方のアドバイスでもなく、自分自身で選んだ道。

だから、そこで何が起きようと、どんな環境に立たされようと、それは誰のせいでもなく自分自身の責任なんだと自分に言い聞かせた。

また、忘れてはならないのがホストファミリーの存在である。ぼくが今シーズンぶじ野球をやれたのは彼らがいたからにほかならない。

シーズン中はもちろん夏が終わっても、彼らはずっとぼくのことをサポートしてくれ、常にたくさんの愛情をもって接してくれた。

ぼくがもっと上手に英語がしゃべれれば、今以上にたくさん恩返しをしてもっとたくさん感謝の気持ちを伝えられるのに、それができないことが歯がゆくてしょうがない。

でも、彼らはぼくのユニフォーム姿をとても喜んでくれるから、いつかあのマウンドで、ぼくのピッチングで彼らに感謝の気持ちを伝えられればなと思っている。

ぼくがこの夏読んだ一冊の小説に、こんな言葉があった。

「スポーツとは、それをやる者が自分の限界に挑み、勝つために戦うプロセスを楽しめなければ意味がない。」

「人間は、失敗や不運を経験しないことが尊いんじゃない。それをどうやって乗り越えるかで、その価値がわかる。」

所詮、結果は結果。良いときに喜び悪いときに落ち込むでは、スポーツの本当の楽しさとは言えないということだろう。

そして、失敗しないために挑戦をあきらめ、転ばないために平らな道を歩くのでは、人間の本当の価値は生まれないということでもあるんだろう。

今年の夏は、本当に本当にいろいろなことがありました。辛いことも楽しいことも、良い思い出も悪い思い出も本当にたくさんです。

確かに、そのときそのときの一瞬で見れば、辛く苦しいことの方が多く、お世辞にも笑顔で楽しんでいたとは言えません。

でも、こうやって振り返ってみれば、過去に起きたことすべてが現在とぴったりリンクしているようで、今の自分がとても幸せだから、この夏起きたこと、新しく踏み出した一歩、一か八かで挑戦したチャレンジがすべて正解だったような気がします。

だから、自信をもって、今回のチャレンジを、そしてプロセスを楽しめたと報告したいと思います。結果は悪かったけど、そこに至るまでの道のりは決して間違っていなかったと思います。

今回の挑戦をサポートしてくれたみなさん、そして応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。みなさんのおかげで、今シーズンぼくはマウンドに上がることができました。

また、このブログを見てメッセージをくれた方々にも大変感謝しています。このブログが、少しでもみなさんに対する恩返しになればと思い、拙い文章ながら書き続けることができました。

この夏書いた文章で、少しでも野球の楽しさや素晴らしさを感じ取って頂けたらうれしく思います。

そして、いつもぼくの挑戦をやさしく見守ってくれる家族、ぼくの決断を最大限尊重してくれるクワン国への大使“エージェント”にも感謝しています。

この夏は、間違いなくこれまでの人生の中で最高の夏になりました。ハッピーで始まってハッピーで終わる。そのあいだに何があろうと、目指す先は変わりません。

これからもこの挑戦を続け、来年の夏もまた今年以上に最高の夏になるよう頑張って行きたいと思います。そして、みなさんにとっても最高の夏が迎えられますように。

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2007年9月26日 (水)

Hello, Japan

Dscn2177 ぶじ13時間のフライトを終え、日本に帰国しました。

ぼくの移動運は相変わらず最悪で、今日もまた最初の飛行機が遅れるというハプニングに見舞われました。

飛行機の出発が遅れることは珍しくありませんが、今日は話が別です。

ぼくの帰国日は現地時間の9月25日で、ビザの有効期限も9月25日。今日中に出国しなければ、永遠にアメリカへ入国することができないという事態になってしまいます。

そして、今回のシカゴでの乗り換え時間は50分。国内有数のハブ空港で乗り換えることを考えると、30分遅れでの出発はぎりぎりのところです。

これを逃すと、半日待ちか翌日便への変更が確実なので、とりあえず飛行機を降りた瞬間ヨーイ・ドンで全力疾走しました。

チェックイン仕切れなかったバッグを2つ抱え全力でターミナルを走る姿は、確実に浮いていたと思います。

しかし、その甲斐あって、ぎりぎり最後尾での搭乗と出国を達成し、ご報告のとおり今日帰国することができました。荷物もしっかり乗り換えに成功していたようです。

代理人のアドバイスを無視した強行滞在に深く反省しています‥。

そして、明日からは早速大学に復帰し、10月からはバイトにも復帰する予定です。また、少年野球のコーチやクリニックも積極的に行っていくつもりなので、今後もやることが盛りだくさんです。

それと、帰国したら一緒に練習しようと約束した人たちもいますよね?都合の良い日があれば気軽に声をかけてください。

今日は、ひさびさ母の手料理を食べてお腹いっぱいなので、早めに寝て早く時差ボケを解消したいと思います。とりあえず、お疲れさまでした。

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2007年9月25日 (火)

Good Bye, America

Dscn1678

時が経つのは早いもので、今年のチャレンジもとうとう最終日を迎えてしまいました。明日の朝フローレンスを出発し、シカゴ経由で日本への帰路につきます。

終わってみれば、「長いようで短かった」そんな気がします。

渡米の前日に体調を崩し、急いで病院へ行って薬をもらい、なんとか出発の飛行機に乗り込んだという記憶がはるか昔のように思えます。

また、最初に空港まで迎えにきてくれたスタッフはあの人だったなあとか、初日にボランティアとしてぼくの面倒をみてくれた人はあの人だったんだなあとか、今となっては親しい仲間ともあのときが最初の出会いだったのかと、慌ただしかった最初の頃を思い出して感傷にひたっています。

ただ、野球からはなれてみると、4ヶ月のシーズンというのはやはりあっという間な気がします。

アメリカでは、プロ・アマ問わずシーズン制を採用しているので、一年の中で野球ができるのはこの時期しかありません。

学生野球では、学業優先を理由に、シーズンオフの活動に厳しい罰則規定を設けているぐらい徹底しています。

何度通っても明かりの点かない夜のスタジアムは、廃墟の工場のように活気のないたたずまいをしています。本当に、野球のシーズンは短かったんだなあと実感しています。

去年、カナダで「お前は夏だけ来れておいしいな。」と皮肉られた意味が分かったような気がします。日本のみなさんは、一年中野球ができることに感謝しましょう!とっても幸せなことなんですね。

たくさんの思い出をくれたフローレンスとアンダーソンに感謝しつつ、またアメリカに戻ってこられることを祈りながら、最後の一日を過ごしたいと思います。

そして、家に着くまでが遠足ですから、最後にもうひと踏んばり気を引きしめてぶじ日本へ帰れるよう気をつけたいと思います。それではまた日本で会いましょう。

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2007年9月19日 (水)

Repay for their kindness

Dscn2129 最近、フローレンスでは、10度を下回る最低気温が続くなどすっかり冷え込んできました。

また、今年は温暖化の影響なのかいつになく暑い夏だったことと、雨がほとんど降らなかったことで乾燥し、芝はすっかり枯れ森林も紅葉してきました。

ぼくはというと、ホストファミリーやその家族の協力でいろいろなところへ連れて行ってもらい、すっかり夏休みを満喫しています。

先日は、シンシナティ・ミュージックホールで初のオーケストラコンサートを楽しんできました。

当初は、クラシックコンサートだと思い眠くなってしまわないか心配だったのですが、実際に始まってみればポップミュージックのコンサートで初っぱなから盛大なアメリカ国家で幕を開け、高校野球の入場曲のような明るい演奏やディズニー映画のような楽しい曲ばかりだったのでとても楽しめました。

建物は、数百年前のドイツ建築で、入り口前には以前走っていたトロッコの線路があり、ダウンタウンの高層ビルとはまた違った味のある地区にあるので、これからシンシナティを訪れる人には是非お勧めの場所です。

また、先週末はシンシナティ動物園にも行ってきました。動物園は、おそらく幼稚園の遠足か何かで行ったのが最後だったと思うので、約20年振りの訪問になりました。

もちろん、動物園自体はとてもきれいで遠くから眺めるのは楽しいのですが、ところどころに直接触れ合って楽しむエリアがあり、どうもそれは苦手だということがわかりました。

鳥が飛んでくるだけでビビッてしまい、馬や牛、ましてや蛇を触るなんてもっての他です。でも、家の孫たちは喜んで触ってました。

その他にも、ホースパークや馬の厩舎、アウトレットモールやフリーマーケット、シンシナティ空港の管制塔やフライトシミュレーションセンター、大リーグの試合やフィットネスクラブなどいろいろなところへ連れて行ってもらいました。

観光ガイドにはのっていないような穴場や職員の帯同があるから入れるところなど、地元の人たちと生活しているからこその特典をたくさん付けてもらいとても感謝しています。

ただ、遊んでばかりでは申し訳ないので、少しでも恩返しできればと思い最近はエディーの牧場に行って牧場の仕事を手伝っています。

226エーカーの広大な土地に71頭の牛を飼っていて、それにタバコの葉の栽培もしている大きな牧場です。

226エーカーが東京ドーム何個分になるのかは分かりませんが、スキー場が3つぐらいできそうな丘がたくさんあります。

そこで家畜に餌をあげたり、干草をトラックに積んで運んだり、壊れたフェンスを直したり、最近はすっかりファーマーとしての仕事ぶりが板についてきました。

餌をあげるときは“スッキーフ”と大声で叫んで牛たちを呼ぶのですが、71頭の牛が一斉に集まって餌に飛びつく様子は衝撃的です。

仕事内容は以外にハードで翌日筋肉痛になっちゃったりしますが、都会暮らしでは味わえない特別な体験ができてとても楽しめています。

これを普段はエディーがひとりでやっているわけですから、72歳のおじいちゃんとは思えない元気いっぱいの農夫さんです。

という具合に夏休みを満喫しているぼくですが、先週からはシャーリーの紹介でフィットネスクラブにも通いトレーニングを再開しました。

やっぱり職業病なのか、10日間何もしなかっただけで脳みそが酸欠状態になり、家でくつろいでいても意識がもうろうとしてきて逆に体調が悪くなりました。

そこで、先々週からランニングとチューブトレーニング、簡単なリフティングとストレッチをしてオフシーズンのトレーニングを再開しました。

やっぱり、酸素をいっぱい吸って体中に送り込んだ方が家でじっとしているより気持ちが良いですね。帰国してからのジム通いが今から楽しみです。

そんなこんなでアメリカを離れるまでもう1週間を切ってしまいました。やっぱり楽しいことをしていると時が経つのも早いもので、当初予定していたシカゴへの旅行は行けそうにありません。

でも、彼らがこの夏してくれたことに比べたらぼくが今していることは本当にちっぽけなことですが、できるだけ彼らに協力してできるかぎりの恩返しをして、日本へ帰りたいと思います。

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2007年9月11日 (火)

This is Priceless

Dscn1808 最初にもってきた$300がついに力尽き、残金が$4しかなくなってしまったので、今日は今までもらった4回分のお給料を換金してきました。

ぼくたちマイナーリーグの給料は、選手のステイタスによって一律に定められ、ペイチェックという給料小切手の形で月に2回受け取ります。

もちろん、各球団によって多少の差はあると思いますが、ぼくが今回契約したフロンティア・リーグやサウスコースト・リーグもこのシステムを採用していたので、大体どこも大差はないと思われます。

これにプラスして、遠征のときは1日あたり$15前後の食事代が支給されますので、これにホストファミリーやアパートが付けば安月給でも充分生活して行けるというわけです。

それから、今回とても驚いたのは、どこのチームも大体レストランのオフィシャルスポンサーが付いていて、ナイトゲームが終わる遅い時間でもキッチンが空いており無料で食事を支給してくれます。

朝食は自宅で取り、試合が始まるまではクラブハウスにあるサンドイッチやスナックを食べ、試合が終わればあまったホットドッグやピザが配られ、そのあとはレストランで食事ができるので、食費はほとんどかかりません。

ペイチェックに関しても日本ではあまり見かけないものなので、最初は何かと思いました。アメリカでは、チェックという小切手に自分でサインと金額を書き込んで毎月の支払いやレジでの支払いを行うのが一般的なので、日本のように口座への振込みや自動での引き落としはあまりないそうです。

なので、ぼくたちもチェックを受け取ったらそれを自分で銀行までもって行き、身分証明書を提示して現金を受け取るという形になります。

このように、換金に手間がかかることと生活費がほとんどいらなかったことで、銀行に行きそびれてしまい3ヶ月$300で生活できてしまったというわけなんです。

もちろん、このように合法的に給料をもらえることは就労ビザをもっているからなわけで、その複雑な手続きを担当してくれたリーグの弁護士や代理人にはとても感謝しています。

チームメイトの中にも、ビザをもたず給料をもらえない選手がいたので、未だに就労ビザの取得は高額な費用と厳しい審査がありとても難しいことなんだなと感じました。

ただ、もちろんお金目当てに野球をやっている選手はひとりもいません。お金が欲しければ普通の仕事をした方がよっぽど儲かります。

ぼくも、今回の給料は、日本でバイトをして稼ぐ額の5分の1しかもらえませんでした。これだから、「そんなお金しかもらえないのにアメリカへ野球をしに行くなんて信じられない。」と言われてしまうんですねぇ‥。何とも寂しい世の中になったものです。

でも、給料が安くてもビザが取得できなくてもそれでも野球がしたいからこうやってみんな集まって毎日プレーし続けるんですから、本当にみんな言葉では表せないぐらい野球が好きなんだなと思います。

もちろん、こんな環境でもお金では買えない貴重な経験がたくさんできますから、これはアメリカで野球をやるひとつの目的でもありますし、ぼくの誇れる自慢でもあります。

これからも、子供たちのようにお金も名誉も成績も何も考えず、ただ野球が好きだから夢中でボールを追いかける、そんな選手でいたいなと思います。

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2007年9月 7日 (金)

The Veteran

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今年も多くの仲間に支えられ、新たな仲間と出会い、無事今シーズンを終了しました。野球の技術も然ることながら、人との出会いもまた将来に渡って貴重な財産になります。

そんな中で、今シーズン誰よりもぼくを可愛がってくれ、誰よりもぼくにいろいろな経験をさせてくれた人を紹介したいと思います。

彼の名前は、“ダラス・メイハン”。コロラド州デンバー出身の左投げ投手です。

彼は、今年現役を引退し、前半戦はピッチングコーチとしてチームを支えていましたが、チームが絶不調だったこともあり、後半戦は先発ピッチャーとして現役に復帰しました。

彼は、高校卒業と共にドラフトされ、3年間シアトル・マリナーズ傘下のマイナーリーグでプレーしました。その後、2回の手術を経て、独立リーグで9年目のシーズンを迎えています。

今年で30歳にしてマイナー歴12年は尊敬に値しますし、彼のピッチングや野球選手としての心構えは本当に勉強になります。

ブルペンで待機しているとよく子供たちが声をかけてくるのですが、彼にだけは自然と「Yes,sir.」と敬語を使ってリスペクトしているのをよく見かけます。

彼との出会いは、ぼくが初めてジョーズの練習に参加したとき、一緒に話そうと向うから話しかけてくれたのが始まりです。

そこで意気投合し、それからは遠征の部屋も休日も、食事もウォーミングアップも常に一緒に行動していました。

ぼくは携帯電話を持っていないし、部屋ではひとりのことが多かったので、いつも彼はぼくを迎えに来てくれ、いろいろなところへ連れ出してくれました。

だから、彼の口癖は「Trust me!俺を信じろ。」です。ぼくにとっては初めてのことばかりで不安そうな表情をしていたので、いつも彼はこう言ってぼくを盛り上げてくれました。

もちろん、裏切られたことは一度もありません。初めて行くレストランは、本当に美味しいものばかりでしたし、ぼくのお気に入りの食べ物はほとんどが彼と言った店のものです。

あとは、初めて湖に入って泳いだり、ハウスボートに乗ってクルージングしたり、教会にも行きました。その他にも、たくさんありすぎて書き切れません。

教会なんて衝撃でしたよ。日本でも、青山学院大学はクリスチャン系のため礼拝に参加したことはありましたが、アメリカではここ最近礼拝の形が大きく変わっているそうです。

礼拝離れが進む若者向けなのでしょうか、会場は教会と言ってもコンサート会場のように広く、ステージがあり、照明や巨大スクリーンで飾られ、ライブ会場のような雰囲気でした。

そして、賛美歌から始まるのかと思いきや、DJがディスクをスクラッチし、バンドが熱唱し、説教はコメディアンのようにおもしろトークをしてくれます。もちろん、聖書の教えを説いています。

セントルイスの田口選手が、アメリカに渡ってからクリスチャンになったらしいのですが、それも分かる気がします。正直、ぼくもクリスチャンになってもいいかなと思うぐらい楽しかったです。

もちろん、ピッチングのこともたくさん話を聞かせてもらいました。ぼくが、マウンドで最も大切なものは何か?と質問したら、「それは“冷静さ”だ。」と答えていました。

「終わったことは忘れること。ピッチャーは、いちいち感情が乱れるクレイジーな人間では務まらない。常に冷静にバッターと対戦しなくてはいけない。」と教えてくれました。

確かに、彼は冷静です。ランナーが塁に出てもまったく動じませんし、ケガの影響でパワーボールはもう投げられませんが、オフピッチとコーナーワークで全然点を取られません。

うちのキャッチャーは、フロリダ・マーリンズの2Aまで上がった経験豊富な選手なのですが、それでも何度も何度も首を振って、自分のピッチングを絶対に崩しません。

また、ある意味ではシーズンよりも重要でハードなオフシーズンのルーティーンについても聞いてみました。

彼の場合、最後の試合が終わってから1月まではボールを握らないそうです。その代わり、かなり重めのリフティングをして、徹底的に筋力をアップさせます。

そして、2月から遠投を始めて肩を作り、3月と4月にアマチュアの試合に参加し、5月のキャンプに万全の状態で入る流れだそうです。

ぼくの場合、日本では所属チームもグラウンドもブルペンもなく、初めてマウンドで投げるのがキャンプのときなんだけど、それでは遅くないか?と聞いたら、「必ずしもそうではない。」と言いました。

その理由は、ピッチャーにとって一番重要なことは、キャンプまでに“マッスル・メモリー”を作ることだからだそうです。

マッスル・メモリー?初めて聞く言葉だなぁ‥としばらく考えてしまいましたが、これ実はとってもとっても重要なことなんです。

みなさんにも思い出ってありますよね?良い思い出や悪い思い出などたくさんあると思いますが、それはすべて頭の中、脳の中に記憶されていると思います。

しかし、ピッチャーには、それを“筋肉”に記憶させる必要があるんです。

ストライクとボールのときの筋肉の違い、早い球と遅い球のときの筋肉の違い、それを体に覚えさせるためにオフシーズンの投げ込みが必要だと言うんです。

だから、筋肉がしっかりと自分のベストピッチを覚えられるのなら、オフシーズンにブルペンに入れなくても遠投などで補えると言うんです。

彼に、あなたのベストピッチは何か?と質問したら、彼は「その日一番のストライクだ。」と答えました。初めて受ける回答です。

マッスル・メモリーでベストピッチを投げ込むとなれば、毎日の筋肉の状態によって差が出るわけで、必ずしも前回のベストピッチが今日のベストピッチになるわけではないというのも理に適っています。

「その日の体調やコンディションによってその日一番の球を捜し、その球で勝負する。」それが、どんな状況でも良いパフォーマンスをするための秘訣だそうです。

ピッチングコーチの立場からしても、キャンプで彼らが求めるのは、いつでもシーズンに突入できる生きの良い選手だということなので、マッスル・メモリーをしっかり作ってくるよう言われました。

本当に、彼の一言一言がとても勉強になるし、まったく自分にはない知識が次々と出てくるので、やはり経験豊富な人とコミュニケーションを取ることはとても大切なことなんだなと思います。

ただ、そうは言っても、彼はもうこんな厳しい環境の中で12年も野球をやってきています。だから、彼はシーズン最終日に、「もう俺は疲れたよ‥。来年のことは聞かないでくれ。」とぼくに言いました。

若い頃は、シーズンが終わってもあと1ヶ月あと1シーズンでもかかって来いと思ったらしいのですが、ここ何年かは少し休みたいと思うそうです。

やはり、野球をずっと続けるには、技術でも体力でもなく、野球への“情熱”が一番大切なんだなと彼を見て思いました。ぼくには、まだその情熱がたっぷりあるので、この辺は大丈夫そうです。

しかし、どうしても聞いておきたいことがあったので、最後に質問してみました。それは、今でも、自分がメジャーで投げられると思うか?ということです。

そしたら、彼は、もちろん“Yes”と答えました。「プロとしてユニフォームを着ている以上、その可能性はゼロではない。そうだろ?」と聞き返されました。もちろん、その通りです。ぼくの代理人もいつも言っています。「世の中に0%はない。自分が一歩でも前に踏み出せば、それが1%になる」と。

長々と書いてしまい申し訳ありませんが、彼との思い出はまだまだ書き足りないぐらいたくさんあります。最後に彼は、見送りの車の中で、不甲斐ない成績のぼくにこんな言葉をくれました。

Keep going until you get a job.”「仕事を手に入れるまで絶対にあきらめるな!」この場合の“仕事”とは、メジャーのマウンドを指します。

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2007年9月 5日 (水)

Major Style

Dscn2005 今シーズンの成績からすれば、即刻帰国してすぐにトレーニングを開始するのが筋ってもんですが、せっかくアメリカにいるのでもう少し英語漬で勉強して帰ることにしました。

また、今年は2月の半ばからずっと休まずボールを投げてきましたし、帰国日の変更も手数料が結構かかるということで、勝手ながら少し夏休みをもらって予定通り9月25日に帰国したいと思います。

ということで、すっかりオフモードを決意した愚か者ですが、今週はブラウン夫妻が旅行でいないため、退屈しないようにレッズ戦のチケットをプレゼントしてくれました。

なので、今日はエディーの友達とシンシナティ・レッズ対ニューヨーク・メッツの試合をグレイトアメリカン・ボールパークに見に行きました。

ただ、単純に試合を楽しんで帰るならそこらへんのベースボールフリークと変わりませんから、ぼくは今シーズンの反省を生かしメジャーリーガーのブルペンワークを徹底的に観察して帰ることにしました。

もちろん、メジャーのブルペンはマイナーに比べて広々していますが、選手たちは大人しいもので、黙って試合を見ていました。

これは見習わなければなりません。当然のことながら、ブルペンにいてもダッグアウト同様選手は試合に集中しなければなりませんが、うちのブルペンはとにかくうるさいです。

プライベートなことはもちろん、国際結婚やら戦争問題、人種差別のことなど大声で議論し始める始末で、黙っているとお前も意見を述べろと怒鳴られます。

また、ディップをしている選手もほとんどいませんでした。ディップは、俗語で歯茎に挟むタバコのことを言うんですが、これは通常のタバコよりニコチンの量が多く、煙ではなく血液に直接流し込むため体にとても悪いものです。

しかし、アメリカの野球選手はこれが大好きで、うちのブルペンも全員ディップを持ち歩いて試合中ずっと歯茎に挟んでいます。登板中でも捨てない選手もいます。

ただ、もちろんメジャーとは言え、ぼくらと変わらないところもありました。些細なところでは、彼らも試合中は水を飲んでいます。メジャーならゲータレードかと思ってました。

ゲータレードは、アメリカで一番人気のあるスポーツドリンクなのですが、ぼくらの場合1週間に一度ぐらい何かのご褒美かと思う頻度で、ボトルにゲータレードが入っていたりします。

また、ここが一番重要なのですが、彼らもぼくらと同じく特別なルーティーンやストレッチなどはせず、呼び出しと共にすぐピッチングを始めていました。

あの大舞台で活躍できる何か特別な準備方法があれば是非盗んで帰りたいと思っていたので、少しがっかりです。

しかし、そうではない選手がひとりいました。それは、ぼくのお気に入り選手でもあるニューヨーク・メッツ不動の守護神“ビリー・ワグナー”です。

彼は、ぼくと同じ身長ですが、その豪腕から繰り出されるファストボールは100MPH(約160KM)を越え、キレのあるスライダーと併せてセーブの山を築いている大投手です。

彼の腕の角度がぼくの投げ方と近いため何かと今までも参考にしてきたのですが、正直名前を見るまで彼がメッツにいることをすっかり忘れていました。

彼は、クローザーなので3点以内のリードで迎えた9回に登板しますが、6回を終わったあたりからしっかりとストレッチを始めました。

そして、少しベンチで休んだあと8回の終わりからピッチングを始め9回に出て行くという流れで彼のルーティーンはできていると思います。

ただ、これは推測で、ベンチに座ったところまでは確認したのですが、2点差で迎えた8回表に今日7打点のロデューカが3ランホームランという余計なことをしてしまい、5点リードで9回を迎えてしまったため彼の出番はありませんでした。

もしかしたら、登板間隔が空いて調整登板になるかなと期待しましたが、彼はベンチに深く腰掛け帽子を脱いだので、今日はないなと確信しました。

ブルペンで帽子をかぶっていない選手がいたら、それはやる気がないか今日の登板がないことを知っているか、または頭がかゆいかのどれかです。

ビリーのピッチングが目近で見れれば今日は最高の観戦になりましたが、でもまあ初めてほんの数メートルの距離でメジャーのブルペンを観察できたことはとても良い勉強になりました。

今日は、勤労感謝の日の連休あけで大分空いていてブルペンを見ている人はほとんどいませんでしたが、試合も見ずにずっと上からブルペンを凝視している日本人を見て彼らも気持ち悪かったでしょう‥。

今度は、ブラウン夫妻とカージナルス戦を見に行く予定なので、またしっかり勉強してきたいと思います。

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2007年9月 1日 (土)

Home, Sweet Home

Dscn1867 ぶじ、住み慣れた我が家へ帰ってきました。

帰りもグレーハウンドバスでの移動となりましたが、経由の違いもあって、行きよりも早く13時間半で到着しました。

アンダーソンでは、スタッフが急に乗客みんなを集め、自己紹介やジェスチャーゲームをしようと言い出し、大学の英語の授業のようにみんなで丸く座って遊びました。

しかし、バスに乗った途端やっぱり最悪の環境で、座席は狭いし、乗り換えは多いし、待ち時間も長く、まったく予定どおり行かないので夜中もぜんぜん眠れず本当に疲れました。

早く、ここから抜け出せるようがんばらないといけないなと決意しました。

フローレンスは、アンダーソンに比べて北部に位置するので、大分気温は涼しく過ごしやすい環境です。

家に到着すると、すっかり庭の芝生も黄色に変わり、テレビをつけるとフットボール中継一色で、町にはスクールバスが走り始め、これで夏は終わりなんだなと少し寂しくなりました。

とりあえず、少し休んで今シーズンを振り返り、今後のことを決めて行きたいと思います。

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