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2007年10月16日 (火)

Believe in Yourself

29 最近、とても嬉しいことがありました。先日、ある少年野球チームへ行ったところ、ひとりの選手がぼくのいるマウンドへやってきてこう言いました。

「どうしても投げたかったから、監督に投げさせてくださいって言ってきた!そしたら、監督も“ハイッ”て返事してくれたよ」と。

そして、その子は笑顔でマウンドに上がり、ピッチングを楽しんでいました。正直、ぼくはびっくりして自分の目を疑いました。

なぜなら、その子は、入団当初ぼくといっしょにキャッチボールをすることさえ嫌がり、いつも外野の片隅に座って守りにつくことも声を出すことも恥ずかしがっていたような子なんです。

それが、いつのまにか監督に志願してマウンドに上がり、次々とストライクを入れ年上のバッターを抑えていったんです。

しかも、三振が取れなかったからって悔しがるぐらいのレベルまで意識が上がっていました。そんなことって本当にあるのかな?と子供のパワーに圧倒されました。

ぼくは、なぜピッチャーをやりたくなったのかその子に聞いてみたところ、その子は「年上の兄弟がマウンドで楽しそうに投げているのを見て、自分も投げたくなった。」と答えました。

ぼくがいない何ヶ月かのあいだに、何がその子をそうさせたのか自分なりに考えてみました。もちろん、いろいろな原因はあると思いますが、やはり最大の理由は“自信”がついたことではないでしょうか。

最近、自分の周りでも、ぼくの自信過剰っぷりを煙たがる人間がいます。ぼくは、何か目標を達成しようとする者には、過剰なぐらいの自信がないと困難に立ち向かうことはできないと考えています。

もちろん、日本には昔から、他人の前では控えめにつつましい態度で振舞うことが美徳とする考え方があり、そう思われるのも仕方がないことだと理解しています。

ただ、自信過剰と言っても、それは高飛車になったり人を見下したりしているわけではなく、ただ単に「自分を信じている」だけなんです。

その自信がどこから来るかなんてどうでもいいことだし、きっと自分を信じるその純粋な気持ちが体中に勇気を与えてくれるんだと思っています。

ぼくは、アマチュア時代、大した成績もなく4年間野球からはなれて一切マウンドに上がりませんでした。それでも、復帰2年でアメリカのマイナーリーグと契約しプロのマウンドに上がりました。

それには、ぼくに関わる多くの人のヘルプとサポートがあったからに他なりませんが、強いて自分を褒めるとすれば、ぼくには他の人には到底理解できないほどの自信、言い換えれば無謀とも言えるほどの自信があったからなんです。

そもそも、4年間野球をやっていなかった自分が、たった2週間の準備でプロのトライアウトに合格するなんて常識のある人は考えるでしょうか?

今でこそ順調なトレーニングを積み、夢に向かって少しずつ前進することができていますが、それでも今シーズンは結果が残せませんでした。

それを考えれば、2005年の時点で夢に手が届くと本気で考えていた自分は、正直バカとしか言いようがありません。

でも、逆に考えれば、自信は才能や体格、豊富な経験や実績のない人間にも新たな一歩を踏み出す勇気、困難に立ち向かう力を与えてくれるとも言えるんです。

この3年間で、あのときの無謀とも言える一歩を後悔したことは本当に一度もありません。もし、あのとき良識ある決断でこの挑戦をあきらめていたら、きっと今の自分の周りのものがすべて消えてしまうぐらい、あの一歩が自分を大きく変えてくれました。

ただ、自信というのは一朝一夕で身につくものではないし、常にたゆまぬ努力が必要であることを忘れてはいけません。

ぼくが、一番恐れていることは、せっかく自信を身につけた子供たちが成長とともにそれをなくして行くことです。

学校教育が悪いのか、親のしつけが悪いのか、心の発達や過剰なプレッシャーが問題なのか、小さい頃は無邪気に野球を楽しんでいた子供たちが、高学年になった途端笑顔をなくし自信なさそうにプレーしている姿を良く見かけます。

ぼくの母は良くこんなことを言います。「小さい頃は、高いところに登っただけで子供を怒る親がいたけど、私は絶対に怒らなかった。木登りすらできない子供はたくさんいるし、登れる子供は落ちたって大丈夫だ」と。

一見、無責任に思えるこんな教育方針も、ぼくに自信を築かせる大きな要因になったと思っています。やる前からやらせないのと、たとえリスクがあってもやらせてみる。得るものが大きいのはどちらかすぐにわかると思います。

先日、もうひとつ嬉しいことがありました。それは、ぼくの友達が大学受験に合格したんです。

彼女も、ぼくと同じようにエリートコースを歩いてきた人間ではありません。ぼくが、渡米する前もまだまだ心が揺れ動き、確固たる自信や決意があるようには見えませんでした。

しかし、きっと彼女はこの夏に相当な努力をしたんだと思います。ぼくは20校受験してやっと3年目で合格したので、一発目の学校で合格するなんて容易ではないことは経験者としてすぐに分かります。

誰にも大学受験を理解されず悔し涙を流していた時期のことを考えると、彼女からはいろんな意味で勇気付けられました。

ただ、そんな彼女も今まではまったく自信が持てず、家族や友達には合格発表を1週間遅らせて報告していたらしいんです。

自信がなかったから、不合格でも1週間そのショックを自分で整理してから報告できるようにしたんでしょう。

ぼくもその気持ちはすごく良く分かりますが、「成功したから自信がつく」のではなく「自信があるから成功する」んです。

一度成功したからといってビギナーズラックのようなことが起きれば、決して自信が付くとは言えません。でも、自信があれば絶対に恐怖心は消せます。恐怖心を挑戦心に変える。これができるのは、自分の力を信じる心だけです。

今回の渡米で、自信の大切さは痛いほど思い知らされましたが、帰国後も周りのみんなの活躍で自信の大切さを再認識しました。

“自信”それは勝利の女神をほほ笑ませる唯一の手段。そして、自分を信じられなければ他人を信じることはできない。

これからも、無謀な自信とともに新たな一歩を踏み出して行きたいと思います。それにしても、あの2005年の自信はミラクルに近かったです。お恥ずかしい限りで‥。

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コメント

ちなみにどこのマイナーリーグに受かったんですか?すごいですね

投稿: goro | 2007年10月17日 (水) 11時01分

ぼくが最初に合格したのは“セントラル・リーグ”というテキサス州の独立系マイナーリーグです。

現在は“アメリカン・アソシエーション”という名前に改名され2005年のシーズンを最後に消滅しました。

ただ、当時はビザの取得が今よりももっと困難だったため、侍ベアーズが所属する“ゴールデン・リーグ”に推薦してもらったという経緯があります。

投稿: Yoh | 2007年10月17日 (水) 12時54分

そうだったんですね。
侍ベアーズはビザいらなかったんですか?推薦という事はエースで活躍されてたのですか?どんな成績でしたか?来年も頑張ってください

投稿: goro | 2007年10月17日 (水) 21時41分

いえいえ、活躍どころか開幕前日に解雇されています。当時のぼくには、プロのマウンドに上がるだけの実力も体力も精神力も、覚悟も決意もありませんでしたから。

でも、まだまだこの挑戦を続けます。これからもオンリーワンを求めて、ぼくにしかできないことをしていこうと思っています。

Goroさんの応援とても嬉しいです。ありがとうございます。

ちなみに、侍ベアーズにもビザはありましたが、ぼくたちマイナーの選手が本来とるべきH2Bビザではなく、短期出張用のビザを申請したので比較的取りやすかったんです。

投稿: Yoh | 2007年10月18日 (木) 11時27分

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