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2008年2月27日 (水)

Future Boyz. 2

200802191346000 先日、ぼくのもとに1通のメールが届きました。内容は、「もし良ければ自分のピッチングを見てほしい。」というものでした。

ぼくは、最初半信半疑でこのメールを読み、顔も名前も性格も知らない相手にとりあえず返信しました。「もちろん、かまわないよ。」という短い内容です。

彼は、当初メールの中で話が二転三転し、「行く!」と言ってはあきらめたり、「自信がある!」と言っては消極的になったりとまるで野球への思いは感じられませんでした。

しかし、ぼくが渡米を控えており時間がないことを伝えると、彼は最初のメールからわずか1週間で旅の支度をし、2週間後にはぼくの住む海老名市へやってきました。

彼の名前は、佐々木勇太。現在も高校に在学する18歳の若者です。北海道の最北端に程近い枝幸市から1日かけてやってきました。

最初、彼の姿を見たとき、ぼくは彼に希望の光を見ることはできませんでした。

不安を隠せず背中を丸めてベンチに腰掛け、声をかけても笑顔はなく終止うつむきかげんでぼくの質問に答えるだけの彼は、夢を追いかける若者の姿とはかけ離れたように見えたからです。

彼が、数いるアメリカ野球経験者からぼくを選んだ理由は、ただひとつだと思います。それは、彼がぼくと同じようにエリートコースを外れ、ハンデを背負って生きているからです。

彼は、身長165cmで体重は90kg、誰が見てもスカウトが好む体格ではありません。

また、雪国北海道のさらに北部の田舎町出身ということもあり、高校では部員不足から野球部が廃部、これまでに実践での登板経験は1度もありません。

性格もおとなしく控えめなタイプで、人当たりがよく起用に人生を歩んで行くタイプの人間ではありません。

しかし、一度ボールを握りセットポジションに入ると彼の顔つきは変わり、自分の思いを精一杯ボールにのせてぼくのかまえるミット目がけて勢い良くボールを放り込んできました。

正直、スピードは120km中盤、球数も17球投げるのが精一杯のスタミナで決して褒められた実力ではありません。コントロールも定まらず暴投ばかりで、ストライクが来たのはわずかに1球でした。

でも、ぼくは彼が投げた最初の1球で彼に可能性を感じました。このまま鍛えて行けば、アメリカでプロのマウンドに立てるかもしれないと直感しました。

足を顔の高さまで大きく振り上げ、太った体に隠れるようにして出てくるリリースポイント、そこからくる癖のあるストレートは、個性を尊重するアメリカ野球においてもっとも大きな武器になります。

逆に言えば、一度もピッチャーとしてマウンドに上がることなく、充実したトレーニング環境もない状態であの球が投げれることは、充分賞賛に値するのかもしれません。

世界には、たくさんの野球があります。たくさんの人種が暮らしていて、そこにはいろいろな文化や価値観があります。

ぼくも、彼も、日本では野球を楽しんで続けて行く環境がありませんでした。恵まれた体格も生まれつきの大きな才能もなく、また器用に人生を歩んで行くこともできず完全にエリートコースから外れました。

そんなぼくたちがアメリカに渡れば、今より多くのハンデを抱えることになります。アメリカへ渡ることは、その逃げ道ではないんです。

ぼくの周りにも、アメリカへ渡ればチャンスは広がると思い込んでアメリカでやってみたいと簡単に口にする人は数多くいます。

しかし、そのチャンスをものにするには今まで以上に莫大な努力が必要です。こんなに偉そうに語っているぼくでさえ、まだこれっぽっちのチャンスも掴んではいません。

ただ、アメリカ野球に挑戦したこの3シーズンで、夢を持ち続けていれば、絶対にあきらめずに挑戦し続けていれば、チャンスをものにできるかもしれないと感じています。

アメリカには、少なくとも野球界においては、日本以上に多くのチャンスが転がっていることもまた事実です。

彼は、先日ぼくにメールを送ってきて、枝幸からこちらへ引っ越してくると具合的な日程や計画を明らかにしてきました。

自分の思いを口にすることもできず、口だけで行動に移すこともできない人間が数多くいる中で、彼の行動力は賞賛に値します。

これからも、もっともっと努力を重ね、アメリカの野球に挑戦する決意があるのなら、ぼくも最大限その挑戦をサポートします。

また、会える日を楽しみにしていますので、これからもお互いがんばりましょう!

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2008年2月24日 (日)

Big Daddy

My_documents001 今日は、代理人のはからいで、元中日ドラゴンズ投手の「辻本さん」にピッチングを見てもらいました。

辻本さんは、日本・アメリカ・カナダなど世界中で活躍し、現在はピッチングコーチとしていろいろなチームを指揮しています。

また、現役時代は3度も右肩にメスを入れるなど、ケガとどう向き合い克服して行くかを熟知した今のぼくには最高のアドバイザーです。

にもかかわらず、今日のぼくの調子はというと相変わらず絶不調で、肩の調子を伺いながら2割、3割程度で投げることしかできませんでした。

せっかく遠くから来ていただいたのに申し訳ない気持ちと早くこの痛みを取り除かなければという思いで、今日は彼の一言一句聞き逃さぬよう集中してピッチングを行いました。

また、ひさびさマウンドで投げられたということもありとても気持ちよく楽しくできたし、市外のぼくにも快くブルペンを貸してくれた相模原球場にはとても感謝しています。

あそこは、所属チームのない貧乏マイナーリーガーにとっては最高の穴場スポットです。

一方、ご指摘を受けた点については多々あり、これまでもさまざまな職種の方々にピッチングを見ていただいてますが、アプローチの仕方こそ違うもののやはりみなさん同じことを言われます。

アマチュア時代から言われていることもあれば、新しく気づかされることもあり、3年間ごまかし続けた痛みもいよいよ悪化してきており、そろそろ自分の体やピッチングフォーム、トレーニングなどを見直せという神様からのお告げなのでしょうか?

また、ぼくに期待をかけてくれるみなさんからの愛のメッセージだと思い、今日のアドバイスを含め真摯に受け止め練習に励みたいと思います。ぼくは、本当に幸せ者です。

ここでみなさんにも、今日ぼくが聞いた興味深いお話の中から特に心に残ったひとつを紹介したいと思います。

ぼくの課題をお話してもおもしろくないと思うので、みなさんにも起こりうるケガの話をします。

プロ野球界においてもケガはつき物であり、優れたトレーニング環境やトレーナーがついていてもシーズンを通して何らかの痛みや違和感を抱えない選手はいないそうです。

ぼくは、いつもテレビを見ていて、日本のプロ野球選手は見たこともないようなトレーニングをして、お金もあって充分な体のケアもできて、絶対ケガなんかしないような天国の世界にいるように見えます。

でも、ケガと言っても、不注意で起きたようなケガや避けられずに起きる突発的なケガ、疲労やフォームの崩れからくる慢性的なケガなどその種類はさまざまです。

そして、プロ野球界を引退する選手の8割がケガで引退するそうです。その中で最も多いのが疲労やフォームの崩れからくる慢性的なケガだそうです。

これには、ぼくにも大きな実感がありました。現在の肩の痛みも1、2割で投げているときにはまったく出ないのに、7割、8割の力で投げると途端に痛み出すんです。

辻本さんいわく、どんなに優れたトレーニングをし、どんなに優れたトレーナーからアドバイスを受けてもマウンドに上がってしまえばたったひとりです。

そのときには、体の痛みをき気にし、フォームをチェックし、リラックスしながら投げられるでしょうか?ぼくを含めて、大半の選手がこれをできません。

マウンドに上がってしまえば、痛みなどどこ吹く風で平然とボールを投げられてしまうものです。そして、バッターのことだけを考えながら、何千人の観衆を前にして力いっぱいボールを投げ込んでしまいます。

すると、気づいたときには痛みが悪化し、手術をおこない、最後には肩が上がらなくなり引退していくのです。

この悪循環は、ぼくにも大きな確信がありました。今日は、そうなる前にきっかけをもらい、危うくあぶない橋を渡るところだったとホッとした気分になりました。

そうならないためにも、ぼくたちピッチャーには、フォームの見直し、マウンドの上で練習どおりのピッチングができるハードなトレーニングが必要なんですねぇ。

今日は、忙しい中はるばるぼくのピッチングを見に来てくれた辻本さん、そして辻本さんを紹介してくれた代理人のヨシ、ありがとうございました。

今日のアドバイスをきっかけとして、今回の課題を自分自身で克服できるようがんばって行きます!今後とも、よろしくお願いします。

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2008年2月19日 (火)

Messenger

Dscn8836 今日は、青山学院大学新聞部の取材を受けてきました。

青山学院大学新聞部が発行する「青学新聞」は、毎月5000部を発行する学内新聞です。

ぼくも、たまたまキャンパス内で手に取り、スポーツ選手をあつかうコーナーがあったので投稿させてもらいました。

取材の中では、野球をはじめたきっかけや大学との両立、また海外で経験した苦労や喜びなどを聞かれ、とても関心をもって聞いて頂いたのであらためて自分がしてきた経験の貴重さを実感しました。

これからも、もっともっと堂々と胸をはれる経験を重ね、その経験からえたものをみなさんに還元できるようがんばろうと思います。

また、今後はこのようなインタビューを通して、より強いメッセージを送れる人間に成長したいと思います。

ぼくの記事が掲載されるのは3月か4月かまだわかりませんが、在校生の方や関係者のみなさんは是非ご覧ください。

今日は、わざわざ遠くから取材をしに来て頂きありがとうございました。

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2008年2月17日 (日)

All Over Again

Dscn1367 今日は、まずお詫びをしなければなりません。

9月末に帰国して以来調整してきた肩の調子が現在も思わしくなく、当初は一月中に最初の渡米を予定していましたが、現在は2月末の渡米で再度調整を進めていました。

毎年応援してくださるみなさんには、そろそろ渡米の時期が近づいているんじゃないかと激励の言葉をいただきとても感謝しています。

今年も、みなさんに勇気を与えられるような良い結果をご報告できるようがんばって参りましたが、今のところ次回の渡米も新たなチームとの契約もまったくの白紙状態です。

そんな中で、昨日三沢トレーナーから「右肩棘下筋腱の炎症」という診断を受けました。

この痛みのせいでボールを全力で投げるどころか、再発への恐怖心で思いきり腕を振ることさえできません。

今まで行ってきたトレーニングを止めたり、新しいトレーニングを取り入れたりと、肩の痛みを取り除くためにいろいろ試行錯誤をしてきましたが、今のところ決定的な解決策には結びついていません。

ぼくの調整力不足のせいで、ボランティアで協力してくださるみなさんにはご迷惑をおかけしていますが、みなさんの時間や労力を無駄にすることなくこれからも努力し、一日でも早くアメリカのマウンドに戻れるようがんばる覚悟は変わりません。

それから、今年も世界一心強い“お守り”を頂きました。

去年、数々のトライアウトでミラクルなピッチングをしたときも、プロ初マウンドに立ったときも常にぼくのポケットで新たな一歩を後押ししてくれました。

いろいろな逆境を乗り越え、すばらしいシーズンにできたのもその子のおかげです。

今年のお守りはさらにパワーアップでたくさんの愛がこもっていそうなので、今年もそのお守りとともに万全の調子で渡米できるまでもう少し辛抱したいと思います。

このブログを見て応援してくださるみなさんには、新たな動きがあり次第すぐに報告させていただきますので、今後とも応援よろしくお願いします。

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2008年2月 3日 (日)

Catch the Wave

Dscn8832 今日は、まさかの大雪のなか、アメリカ独立リーグ短期スポーツ留学の説明会に出席してきました。

これは、日本の(株)クリエイティブスポーツさんと米国Beyond Pacific社の提携で行われるアスレティックトレーナー&スポーツマネージメント・インターン(現場実習)希望者のための説明会です。

説明会のなかでは、MLBシカゴ・カブスやワシントン・ナショナルズでインターンの経験があるクリエイティブスポーツ代表の丸茂さんやBeyond Pacific日本支社の武井さんが実際の現場やアメリカ生活の様子をお話ししてくれました。

ちなみに、こういったトレーナーの分野でアメリカへ渡り、メジャーリーグのなかで活躍してみたいという方のために、今日は丸茂さんが経験したキャンプ中のインターン生の一日を紹介したいと思います。

まず、起床は4:00AM。近くの格安モーテルに宿泊しながら5:00AMにはクラブハウスに入ります。まだ真っ暗です。

その後、全体練習が始まる9:00AMごろまでの間に、その日のスケジュールを確認してミーティングを行い、各々到着する選手の体調を気遣いながらコンディションを整えて行きます。

全体練習が始まると、選手とともにグラウンドへ入ってストレッチやウォーミングアップを手伝うグループとオフィスへ入って選手の体重などをPC管理するグループに分かれます。

そして、3:00PMごろ全体練習が終わると、各々筋力トレーニングを行う選手やマッサージを受ける選手など個別練習が始まり、トレーナーもそれに合わせて個人的に選手を見ます。

そんな中で、丸茂さんが任された大きな仕事は、選手がシャワー終わりに飲むプロテインをたくさん取られないよう冷蔵庫の前で見張る役だったそうです。

見張りがないと選手が2本も3本も持って行きすぐになくなってしまうからだそうで、さすがのメジャーリーグでもそんな小さなことをしているんだなぁと少し安心しました。

もちろん、ぼくたちマイナーリーグではそんな冷蔵庫はひとつもありません。選手たちは、格安のプロテインを求めてナイトゲームあけに深夜営業している大型スーパーに駆け込んで安いプロテインを買いあさっています。

そして、最後に一日の反省会や掃除をして、8:00PM過ぎにインターン生の一日が終わるそうです。

と、まあこんな具合に、今日はトレーナーさんの貴重なお話をトレーナー希望の若い学生さんたちと聞いてきたわけなんですが、もちろんぼくは野球選手をあきらめてトレーナーに転向しようと思っているわけではありません。

今日の目的は、アメリカ独立リーグや日本のプロ野球で長年活躍してきた“矢野英司投手”と“長坂秀樹投手”がスペシャルゲストとして呼ばれていたからなんです。

矢野さんは、横浜高校のエースとして3度甲子園に出場し、法政大学では日本代表に選出、98年にドラフト2位でベイスターズへ入団しました。先発・中継ぎとして1軍で活躍し、大阪近鉄、楽天を経てNPBを引退。今シーズンは、米独立リーグのひとつノーザンリーグやキャナムリーグで活躍し、来年もアメリカでプレーするスーパーエリートです。

一方、長坂さんは、身長166cmながら最速94mph(約151km)を誇る米独立リーグでもっとも有名な日本人です。ぼくのチームメイトにも長坂さんのことを知っている選手が数多くいました。過去5年間の登板回数・勝利数はともに日本人最多で、今年も所属したナシュア・プライドでリーグチャンピオンとチームMVPに輝くスーパースターです。

この二人のお話が聞けるということで、インターン説明会にも関わらず案の定場違いなひとり浮いた感じで参加してきたというわけです。

お話のなかでは、アメリカ生活をする上でのポイントや野球選手として厳しいシーズンを乗り越えるためのポイントなど貴重なお話を聞かせてもらいましたが、2年前の今関さんの集いから恒例となっているぼくの質問コーナーもしっかりと聞いてきました。

ぼくがメジャーリーグを目指す大先輩にいつも聞いていることは、「なぜメジャーリーグに行けないのか?行けなかったのか?」ということです。

これは、かなりきわどい質問というかだいぶ失礼に当たるかもしれないのですが、メジャーリーグを目指すぼくとしては大先輩方が歩んできた道のりのなかで越えられなかった壁を次の世代のぼくが越えるためにはどうしたらいいかという課題を克服する上でどうしても聞いておきたいことなんです。

彼らの答えは、“運”と“チャンス”でした。やはり、彼らぐらいの実力と成績があればそんなに上のレベルでプレーする選手との差は感じないそうです。

ただ、そのぐらいの実力を持った選手は腐るほどいるわけで、その中でも頂点に君臨する選手たちは運やチャンスを上手く掴んで上まで這い上がって行くのだろうと言っていました。

これまで、何度も運に見放されチャンスを掴み損ねてきたぼくにとっては、何とも痛いご指摘にあらためてそれらの必要性を痛感しました。

ぼくは、今までどちらかというと甲子園は“運”で決まり、プロ野球は“実力”で決まると勝手に思っていました。

自分が良いピッチングをしてもチーム全体のパフォーマンスがともなわなければ甲子園に出場することはできないが、プロ野球選手になるには自分が良いピッチングをすればどんなに遠くのスカウトだって見に来てくれるだろうぐらいに思っていました。

でも、ぼくからしたらすばらしい経歴や実績を持つお二人がともにそう感じているということは、やはり少なからず運やチャンスを見方につけておいた方が圧倒的にメジャーへ上がるスピードや可能性は高まるのだろうと思います。

でも、どうすればそれらが見方についてくれるのか今のぼくにはわかりません。ひたすら練習すれば良いというわけでもなく、見方につける練習なんてそもそもあるのかどうか‥?

今日のお話をきっかけとして、これからは“運”と“チャンス”についてもう少し真剣に考えてみようと思います。さらなるレベルアップの新たなキーポイントになることを期待して、これからもぼくはどんな場違いな場所でもどんどん足を運ぶつもりです!

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