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2008年5月26日 (月)

Girls,Play Baseball!!

Pic_0005 野球を通じて、また新たな出会いを頂きました。

今日いっしょに練習することになったのは平成生まれの“現役女子高生”。もちろん野球選手です。

日本国憲法で「法の下の平等」が叫ばれてから61年、法学部に6年間在籍しながら大きな過ちを犯してしまいました。

先日、お父様から連絡を頂いたとき、迷うことなくその電話の主が今回の練習相手だと思い込み、相手の事情を聞くことなくしばらく話を続けてしまいました。

とても失礼なことをしてしまったと反省しています。

もちろん、野球をやることに、野球を楽しむことに、野球を愛することに、性別は関係ありません。

アメリカ野球に挑戦することも、大男相手にマウンドに上がることも、情熱があれば男も女も関係ないはずです。

仮に、そんな古臭いルールがあればぶち壊してやれば良い!野球は、野球を愛するみんなのものです!そうであってほしい‥。

彼女のポジションは“ピッチャー”です。東京都にある社会人クラブチームに所属し練習に励んでいますが、試合には出場できないそうです。

ぼくも、去年2ヶ月間、Florenceで練習生として試合に出れない日々を経験しました。

毎日一生懸命練習しているのにマウンドには上がれない。チームの一員であるのに同じユニフォームは着れない。そんな悔しさを痛いほど味わってきました。

おそらく、今の彼女も同じ気持ちだと思います。生まれながらにして持った体格差があり、古臭いルールに縛られて試合にも出れない。

実際にそういう環境の中にいれば、モチベーションを維持することはぼくらが想像する以上に難しいことなのかもしれません。

夢をもって、目標をさだめ、情熱とともに野球を続けるには、彼女にとってあまりにも過酷な状況なのかもしれません。

だから、ぼくは夢を押し売りするつもりはありません。野球を続けることがすべての人にとって正解ではないし、メジャーに行くこと、プロになることが必ずしも成功ではありません。

でも、もし彼女が、本気で野球が好きなら、本気で野球が上手くなりたいなら、そして1度でも良いからアメリカのマウンドに立ってみたいと思うなら、ぼくは最大限彼女を手助けします。

彼女にとって今一番大切なことは、絶対にあきらめずにボールを投げ続けることだとぼくは思います。

一瞬でもボールを置いたら、もう今のような夢は語れなくなってしまうんじゃないかと思います。野球も離れて行ってしまいそうな気がします。

でも、野球の話をしているときのあの楽しそうな表情を見ていたら、それは絶対にしてはいけないことだと感じました。

野球に携わる者として、野球を愛する者として、ひとりでも多くの人にチャンスを与えたい。ぼくにできることは本当に些細なことですが、それがぼくの本心です。

夢に対しても野球に対してもまだまだあどけなさが残る彼女でしたが、それでも「男にまじってやりたい」という決意は揺るぎないものを感じました。

本人はまだまだこんなものじゃないと言っていますが、今の環境や体格差を考慮すれば、現段階ではなかなかの球だったんじゃないかと思います。

もちろん、“充分”ではありませんが、ぼくらといっしょに練習し、良い環境の下で刺激を受ければ、もっともっと良い球が放れるだけの伸びしろは充分にあります。

今や、野球は男だけのスポーツではなくなりました。女の子であっても、子供でも大人でも、おじいちゃんやおばあちゃんでも、誰でも楽しめるスポーツです。

これからも、ENJOY BASEBALL!!で野球界を盛り上げて行きましょう!そして、“PLAY BALL!!”は「みんな」のあいことば!!

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2008年5月24日 (土)

A Day with Robinson

Dscn9041 今日は、小学校時代のクラス会に出席してきました。

あらためて、あの先生の偉大さ、人生の中で彼に出会えたことのすばらしさを実感しました。

ぼくは、小学校のときから「教師」という存在が大嫌いでした。年齢が上だというだけで、人生の先輩であるというだけで、偉そうなことを語る存在に疑問を感じていました。

教壇の上からぼくらを見下ろすあの独裁者のような人間を見るのが嫌いで、中学・高校時代の先生はいつも伏し目がちなぼくをしかりつけていました。

また、中学時代は野球に没頭し運動会も修学旅行も欠席、高校時代は何度も学校をさぼり部活もまともに出席せず、お前には推薦できる進路はないと言われました。

だから、ぼくには未だに連絡を取り合う仲間も、恩師と言える先生も、野球での指導者も、誰ひとりいません。

自分自身で、その出会いを、そのチャンスを逃してきました。

でも、今日感じました。6・3・3・2・6年の未だに続く長い長い学生生活の中で、一番楽しく一番記憶に残る年は、あの先生とその仲間と過ごした2年間です。

正直、今日行くまでは、誰がクラスメイトだったか、名前も顔もほとんど覚えていませんでしたし、当時のぼくは先生に給食を叩きつけたり、バスケットボールを投げつけたりしてとにかく反抗的だったので何を言われるか心配でした。

でも、先生は「あんなガキんちょがすることなんて大したことないよ」と笑って許してくれたし、何よりもぼくに話しかけてくれたことが一番嬉しかったです。

その後の卒業生の話も聞いて、ぼくらが卒業した後もみんなに愛されていた先生の最初の卒業生でいれたことを本当に誇りに思います。

今さら何言ってんだと思うかもしれませんが、もう一度あのメンバーで先生の授業を受けたいと思っていたのは、おそらくぼくだけかもしれません。

先生のギターを弾く姿とか、体育の時間に俊足を見せつける姿とか、怒っているところとか、もう一度この目で見てみたいと本気で思いました。

それこそ、ひとり“ルイスと未来泥棒”状態です。本当にぼくの学生時代はバカで未熟なガキんちょでした。

今日13年振りにみんなと会って、今まで忘れかけていたあの当時の思い出がみるみるよみがえって来るのを感じました。

最近、野球で調子を崩し落ち込んでいた気持ちが、みんなの笑顔や活躍を聞いて一気にエナジーチャージされました。

早くメジャーに上がってみんなを呼ぶ!もう何人呼んで良いかわからなくなってきましたが、とにかく全員呼びます。

この時期国内にいることは、アメリカで野球をやる人間にとっては不名誉なことではありますが、次回会う日を楽しみにしながら胸を張ってまた再会できるよう頑張りたいと思います。

また、ぼくを含めみんなに声をかけてくれた幹事のヤツがいなければこの会は開催されませんでした。毎回、本当に感謝しています。

やっぱり、太陽は、いつまでも光輝き続けるんですねー。

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2008年5月 8日 (木)

Next target is...

My_documents000 ゴールデンウィークも終わり、いよいよアメリカ独立リーグもキャンプインを迎えます。

一時は10人近くいた練習仲間も、青木選手が新潟へ、内田選手が石川へ、田久保選手がカナダへ出発し、まもなく池永選手がカリフォルニアへ、町田選手と青木走野選手がウィスコンシンへと旅立ちます。

とうとう、居残り組みはぼく一人となってしまい、仲間の健闘を祈りながらも複雑な心境です。

今回のトライアウトで納得の行く結果が出せなかったので、チーム探しの第一候補に未だ籍の残るAnderson Joesをおいていましたが、つい先日そのチームが所属していたSouth Coast Leagueの終了が発表され、わずか1年で姿を消すこととなってしまいました。

これで、2005年の侍・ベアーズに続き2度目の所属チーム消滅を目の当たりにし、アメリカ社会の厳しさを痛感しています。

寂しさとともに、わずか1シーズンという短い中でしか得ることのできない貴重な経験をさせてくれたチーム関係者には感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ一人の日本人として知り得た財産を日本の野球界に還元することで、このSouth Coast Leagueの存在を語り継いで行きたいと思います。

いよいよ追い詰められてしまいましたが、まだまだ野球シーズンはこれからです。肩の調子は順調に回復していますし、新しいトレーニングの準備も開始しました。

次の目標は絶対に仕留めます!!

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