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2008年8月31日 (日)

I owe you

Img_6853 今日は、地元「海老名シニア」の練習を見に、厚木の山奥まで行ってきました。

こんな秘境に“全国8強”のチームがあるなんて、日本野球の底力は恐ろしいものです。

今日、このチームを訪れたのは、このチームの監督を務める飯塚監督にあいさつをしたかったからです。

監督は、ぼくが卒業した向上高校硬式野球部の先輩で、ぼくが高校生のときはOB会長としてお世話になりました。

ぼくのながいながい野球人生の中で、ぼくが将来プロ野球選手になると予言したのは、今の代理人である三好氏と、佐野さんと、飯塚監督だけです。

監督は覚えてないと思いますが、ぼくが高校3年のとき、伊勢原球場に練習を見に来てくれた監督が、ぼくのピッチングを見て「左肩の開きをなおせば、絶対プロに行く!」と言ってくれたのを今でもはっきりと覚えています。

もちろん、メジャーリーグや日本のプロ野球のような華やかな舞台ではありませんが、アメリカで、マイナーリーグで、安月給で、ぼくはプロ野球のマウンドに立ちました。

そのときの感謝の気持ちと成長した自分を見てもらいたくて、今日はシニアリーグを卒業して以来11年振りに中学硬式野球を見てきました。

ちなみに、佐野さんというのは、通称“佐野じい”と呼ばれていたおじいさんで、向上高校の練習や試合をいつも見に来てくれた杖をついた老人です。

でも、未だに、ぼくはこのおじいさんのことを良く知りません。

このおじいさんのおかしなところは、エースでもなく、レギュラーでもない、練習すらまじめにやらないぼくをいつもかわいがってくれたことです。

毎週のように焼肉をご馳走してくれ、最高級品のグローブをプレゼントしてくれ、こっそりとぼくを呼びつけ帰りにたくさんご飯を食べるようそっと食事代をくれました。

ぼくが不甲斐ないピッチングをしても、ひどく打ち込まれても、必ずぼくを隣に座らせ「良いんだ、良いんだ。」と声をかけてくれました。

当時のぼくはその意味がまったく分かっていませんでしたし、感謝の気持ちすらもっていた記憶がありません。

むしろ、「この人はだれ?」「なんでぼくにだけくれるの?」と首をかしげていたように思います。

もし、今も野球を続けていなければ、きっとこういう気持ちにはならなかっただろうし、胸をはって「ぼくは大きく成長しました。」とあいさつに行くことはできなかったと思います。

そのぐらい中途半端な野球人生を歩んでしまったから、今後も、昔お世話になった方々には心から感謝の気持ちを伝えて行きたいと思います。

ただ、ひとつ残念なのは、その佐野じいがもうこの世にはいないということです。

ぼくの高校卒業と同時に天国へ旅立ってしまいました。

そして、ときが経つのは本当に早いもので、あれからもう8年が経たちました。ぼくは野球人生の第2章を歩んでいます。

実は、この姿を誰よりも先に見せなければならなかったのは、佐野さんなのかもしれません。

今日の海老名シニアの練習でも、やっと見つけたような小さなグラウンドでしたが、みんな生き生きとボールを追いかけていました。

その周りには、会長さんがいて、監督・コーチがいて、たくさんのお父さん・お母さんがいて、きれいなボールやバットがあって、大きなチームバスがあって、とても幸せな環境で野球をやっていました。

技術だって、言うまでもなく超一流の選手たちがたくさんいます。

ここ何年かで海外生活が増え、アメリカ独特の“エゴイズム”をしっかりと受け継いで来てしまったぼくは、最近何かと自分ひとりでやってやろうと意気込んでいるところがありました。

でも、海老名シニアのような洗練された強いチームを見ると、やっぱり野球はひとりではできないんだなぁと強く実感します。

そういう気持ちを持って精進できれば、当時のぼくももう少し“夢”に近づけたんじゃないかなぁと、あのときの自分を思い出して恥ずかしくなりました。

海老名でゲームに明け暮れている野球少年たちは、今すぐ海老名シニアへ行こう!

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