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2009年2月27日 (金)

My Way

Img_0618_512 肩痛を克服するために試行錯誤してきた1年3ヶ月の集大成は、打者2人と対戦して無念の降板となりました。

これで、ぼくのArizona Winter Leagueは幕を下ろしました。

こちらに来てから、できることはすべてやりました。

走り込み、チューブトレーニング、アイシング、ストレッチ、針、テーピング、フォームチェック、メンタルトレーニング、栄養管理、やるべきことはすべてやりました。

でも、ぼくの肩は言うことを聞いてはくれませんでした。

今日は、シーズン最後のゲームだったので、最後にマウンドに上がり絶対に文句なしのピッチングでマウンドを降りようと心に決めていました。

そうすれば、まだチャンスはあると信じていたからです。

でも、やはりマウンドではごまかしはききません。

球も走っていないし、投げ方も本来のものではありませんでした。

長い間、ぼくのピッチングを信じてくれた監督には、それが人目でわかったんだと思います。

投球練習中も、一人目の打者と対戦したあとも、何度もダッグアウトから「大丈夫か?大丈夫か?」と聞かれてしまい、その都度「大丈夫だ。」と返していました。

今日の試合は接戦だったので、もちろん試合をぶち壊して監督やチームに迷惑を掛けたくないという思いはありました。

でも、ここまで来て、自ら最後のチャンスを放棄するということだけは絶対にできませんでした。

でも、二人目が終わったところで、見かねた監督がマウンドに来ました。

そして、「正直に言ってくれ、もう二度とボールが投げれなくなっても良いのか?」と言われました。

そこで、やっと我に返り、監督にボールを渡して自らマウンドを降りました。

これで終わったなという思いと、何もできなかったという悔しさで、冷静さを失ってしまいました。

そしたら、また見かねた監督がぼくのもとに駆け寄り、こんな話をしてくれました。

「おれは、12年間の現役生活で7回も肩や肘を手術している。だから、お前の気持ちはよくわかる。」

「おれは、お前のピッチングをよく理解しているし、おまえの球には可能性がある。」

「だから、今ここで無理をして自分の肩を壊すべきではない。」

「来年、もう一度このリーグでプレーするチャンスを与えてやるから、それを目標にしてしっかり日本で治療して来い。」

「そして、もう一度おまえのピッチングを見せてやれ!」

監督が、ぼくの生まれた1982年のドラフトで、全体の第1位で指名され全米でもっとも注目された選手であったことは知っていました。

しかし、そんな辛い経験をしているとは知りませんでした。

帰りのバンの中では、いろいろと考えました。

「これまで1年3ヶ月、そしてまた1年、次来るときは28歳を間じかにしている。」

「なんで、そこまでしてマウンドに上がるんだろう?なんで、そこまでして野球を続けるんだろう?」

でも、やはり、答えはだた一つ、“それが自分らしく生きる唯一の方法だから”。

サラリーマンでリストラされたり、交通事故で腕を失ったりしたら一生後悔するかもしれないけど、野球を続けて一文無しになっても、マウンドに上がり続けて腕も失うことになっても絶対に後悔しない自信がある。

今回も、まったく後悔はしていない。

でも、悔いは山ほどあります。

辛いこと、上手く行かないことばかりで、やりたいこと、やるべきことはなにもできませんでした。

だから、やはり、悔いは残ります。

今は、この記事を書きながら、肩、捻挫した足首、そしてそれらをかばおうとした腰に激痛が走り、もう身動きが取れません。

体のSOSを無視し続けた結果です。

今後は、少しグラウンドから離れて、思い切って野球のことは忘れて、思いっきり気晴らしして、治療に専念するのも一つの方法かなと思います。

今回、遠く日本から応援してくださったみなさんには、本当に感謝しています。

無事と言っていいのかどうかわかりませんが、最後まで戦い続けることができました。

やはり、このお守りは最高です!

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2009年2月25日 (水)

Welcome Back

Img_0582_512 肩が痛くても、根性でマウンドに上がる。

そして、スマートにプレーする。

ここに来ている選手たちは、みな何かしらの“STORY”をもっている。

ブルペンでぼくの両端に座る選手には、肘と足首に何十センチもの傷跡が残っている。

また、ある選手は、最後の最後まで燃え尽きようと、薬の副作用で血まみれになりながらバッターボックスに立っている。

たしかに、ぼくの肩は痛い。他の人には良くわからないかもしれないが、本当にボールが投げれないぐらい痛い。

でも、まわりの選手が必死にがんばっている中で、自分だけ故障者リスト入りしたまま帰えるわけにはいかない。

でも、ぼくの野球人生をこれで終わりにするわけにもいかない。

今、ここで根性論を持ち出し、二度とマウンドに上がれない肩になったらそれこそ取り返しがつかない。

だから、スマートにプレーしようと決めた。

今日は無理してでもマウンドに上がり、そして、“Welcome Back”を勝ち取る。

このまま故障者リストでシーズンを終えたら、きっとスカウトは「しっかりケガを治してから出直せ」とチーム探しを断るだろう。

しかし、それでは、開幕戦での良いピッチングを含め、わざわざここまで来た意味がなくなる。

だったら、どうすれば良いか?

最後に1試合でも登板し、もちろん良い内容で「肩の状態は回復に向かっている。あと二ヶ月あればキャンプに万全の状態で望める」という印象を与えなければいけない。

だから、今出せるすべての力を出して、今日マウンドに上がった。

内容は、1イニングで、1安打、1失策、1四球、2三振、残りはセンターフライで打ち取った。

今日の反省点は、フォアボールを出したこと。

今日の良かった点は、1安打、1失策とは言え、しっかりゴロを打たせて取れたこと。

ぼくは、剛速球ピッチャーではないので、三振よりもゴロで打ち取ることが必要だ。

たとえ、それがヒットになろうと、ゴロであればまったく後悔する必要はないと監督から常に言われている。

だから、今日は、今できること、そして次につながる仕事をしっかりとできた。

そして、今日ぼくがマウンドに上がった意味をすべて理解してくれたかのように、監督はしっかりと握手をし「ウェルカムバック!」と言ってくれた。

また、最後のフライを取ったチームメイトは、「このフィールでまた君に会えて嬉しいよ。」と言って、ウィニングボールをぼくにくれた。

でも、相変わらず、ぼくの右肩は激痛に犯されている。今日も、やっぱり痛かった。

だから、ぼくはそのボールを捨てて帰った。

この痛みが取れるまで、ウィニングボールのお土産はとっておく。

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2009年2月21日 (土)

♯24

Img_0465_512 この国に、「気を使う」とか「社交辞令」的なものはないのかと最近強く思う。

もちろん、それを期待しているわけではないが、最近この国の国民性について気づかされることが多い。

今までも、もちろん肩の調子が悪くなることはあったが、故障者リストに入ったのはこれまでのシーズンで初めてである。

アメリカ人は、日本人にくらべてとても分かりやすい。

良いピッチングをすれば誰よりも喜んでくれ、悪いピッチングをすれば平気で野次を飛ばす。

今、自分はチームに貢献できない。

チームの状態はついに最下位まで落込んでしまったし、チームワークも他のどのチームより悪い。

「いったい、いつまで休めば気が済むんだ。」

「お前は、バケーションに来たのか。」

「ウォールマートへ行って、新しい肩を買って来い。」

「早く国へ帰って手術しろ。」

投げれないぼくがブルペンに座っていると、そんな厳しい言葉を毎日浴びせられる。

ぼくが、不意にスイングの格好をすると、すぐに「それはお前の仕事じゃない。お前は早くマウンドへ上がれ。」と注意されてしまう。

でも、もちろん彼らは悪くない。悪いのは、ぼくだ。

今日は、ピッチャーが足りず、内野手とキャッチャーが登板しチームも接戦を落とした。

そんな状況の中で、「肩の調子は良くなったか?ゆっくりと休んでしっかり治せよ。」なんて建前であることぐらい一発でわかる。

それにくらべれば、変に気を使われるより、はっきりとそう言ってもらった方が気持ちが良い。

そう言ってもらった方が気も引き締まるし、クソったれと気合も入る。

最近、英語がより理解できるようになり、私生活でも随分いろいろなことに挑戦できるようになった。ストレスもほとんどない。

しかし、逆に、今までわからなかったことが聞こえるようになり、厳しい一面もいろいろと見えるようになった。

そんなとき、ぼくはこう言ってやる。

「おれは監督のためにプレーしてるから最後まであきらめない。」

「良い肩があったら早く買って来い。いくらでも出してやる!」ってね。

やはり、ぼくは少しぐらい厳しい立場に追いやられた方が自分らしく生きられる。

一歩間違えれば“ホームレス野球選手”ぐらいの方が、自分でも信じられないぐらい力強い球がキャッチャーミットに届くときがある。

じゃないと、高い金払って、この年になって、こんな生活とっくに投げ出している。

幸せな生活を手に入れると人一倍甘えが強い性格だからしょうがないけど、この国の野球は本当に厳しい。

いつか、こいつらを見返して、そのときはこう言ってやる。

「ゆっくり体を休めろ。それまでおれがマウンドを守ってやる!」ってね。

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2009年2月20日 (金)

still sore

Img_0446_512 最後の登板から1週間休みをもらい、ストレッチやチューブトレーニング、アイシングなどのリハビリを続けてきました。

そして、状態も回復の兆しが見えたので、今週の初めにブルペンに入りました。

しかし、やはり強い力で投げると痛みがあります。

監督は、投げ続けて行けばほぐれてくるんじゃないかと言っていましたが、他のチームの監督からは、見るからに痛そうな投げ方をしているからすぐにやめろと言われました。

やはり、残りの試合は投げれそうにありません。

今後、帰国次第、ある程度の治療が必要になってくると思われます。

何とか最後の1試合でも投げれればと、今週もリハビリを続けています。

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2009年2月17日 (火)

Yoh in PETCO Park

Img_0555_512 ぼくのモットーは、「やるときはやる、休むときは休む」

やるときは人一倍集中して、一生懸命野球に取り組み、その代わり休みの日は野球のことは一切忘れて思う存分休日を満喫する。

今日は、せっかくの休日で、せっかく車もあり、せっかくアリゾナまで来たんだからということで、車で約3時間の距離にある“サンディエゴ”まで遊びに行ってきました。

でも、行った先はやはりBALLPARK。

サンディエゴ・パドレスの本拠地“PETCO PARK”です。

休日とは言え、やはり完全に野球のことなんて忘れられないのがぼくの性格。

この球場は、第1回のWBCで日本代表が優勝した記念すべき地としても知られています。

ぼくも、そのときの試合はビデオで何度も見返していたので、とても思い出深い光景でした。

球場は、ぼくが経験した他のメジャー球団の場合よりも小さく、外野が不規則に変形しているのが印象的です。

スタンドからフィールドを眺めていると、あのときの決勝戦の名場面が次々と頭を過ぎりました。

「次は、俺の番だ。俺もこのマウンドに立ってやる。」

もちろん、気合が入らないわけがありません。

しかし、こんなことは誰もができる経験ではありません。

今日2月の第3月曜日は、PRESIDENT DAY。

アメリカ初代大統領「ジョージ・ワシントン」と奴隷解放の父「エイブラハム・リンカーン」の生誕を記念した祝日です。

その祝日で警備が手薄になり、球団職員がいないことを良いことに、スタンドはおろかフィールドの中まで足を踏み入れ、ダッグアウトに潜入までしてきました。

普段なら100%怒られていると思いますが、何せぼくは外国人なので、そういうところでこの国のアウェイ感を逆手にとってやろうといつも考えています。

もちろん、グッズ売り場の店員さんの許可を得て入りましたので、みなさんも遊びに来たときはあまり無理をしないでください。

そんなこんなで、今日も一日あっという間に終わってしまいました。

あしたから、また、全力で野球に取り組んで行きます。

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2009年2月16日 (月)

Lollipop

Img_0503_512 結局、今週は、1週間ずっと登録選手枠から外れてしまった。

たった20試合しかない短いシーズンの中で1週間も故障者リストに入ることは、ほとんど絶望的な状況と言っても過言ではない。

一体、いつまでこの痛みに苦しむのだろうと、いつも試合を見ながら考えてしまう。

一方では、手術したら以外にケロっと治るのではないかと、痛みに苦しむことなく剛速球を投げ込む自分を想像してみたりする。

まあ、どちらにしろ他人の活躍なんてまったく興味はなく、チームの成績も今の自分にはどうでもいい。

とにかく、他人の心配より自分の心配をしろと言うように、今は毎日一生懸命できる練習をしている。

でも、やっぱり根っからの“貧乏根性”が抑えきれず、せっかく来たんだから何かもとをとって帰らないとと、ここぞとばかりに英語の授業を受けている。

日本語に興味のある奴を捕まえて、日本語を教えるかわりに英語を教わる。

知らない言葉や若者が好んで使う表現、“L”と“R”の使い分けや“TH”の発音など、まだまだ学ぶべき点がたくさんある。

お陰で、うちのチームメイトは、他のどのチームの選手より上手に日本語を話す。

ブルペンでもダッグアウトでも行き帰りのバンの中でも、流れてくる歌を歌い、舌を上手に動かすエクササイズをし、難しい早口言葉が言えずにバカにされている。

だから、今日は、ぼくの車で球場まで連れて行ってあげる約束をしながら出発の時間をわざと早め、朝ごはんを抜きにしてやった。

遠征へ向かうバンの中で、「いやー、まいった。」という感じで他の奴にスナックをもらう姿を見て、勝ったなと思った。

なぜかいつもこういうところだけは妙にアメリカ人に対して対抗意識を持っている。

「おれは、ぺこぺこ頭を下げるNOと言えない日本人ではないんだぜ」と言わんばかりに無駄なエネルギーを使っている。

結局、自分ってなんて小さな人間なんだと最後は反省する。

でも、そんな毎日も意外と楽しい。

とにかく、次につながる一日を‥。

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2009年2月13日 (金)

Look to The Future

Img_0472_512 投げられなければ、走る。とにかく、走って走って体をつくる。

走って、走って、走って、走って、足が痛くなるまで走る。

今、ぼくにできるのはこれしかない。

せっかく高いお金と貴重な時間を使ってここまで来たのに、スカウトにアピールする機会もない。

だから、少しでも次につながる一日にしようと精一杯がんばって、その日を楽しむよう心がけている。

そうでもしないとやってられないというのが正直なところかもしれない。

お陰で、今日も足が痛い。

あれだけ日本で走りこんできたのに、何度やってもダッシュはきつい。

今日は、クラブハウスにある「超冷水ジャグジー」に浸かってアイシングをしてきた。

もちろん、まだあきらめたわけではないが、どうやらこの肩痛はそう簡単なものではなさそうだ。

寝返りしたり、頭を洗ったり、健康な人なら簡単にできることにも未だに痛みが走る。

とにかく、次につながる一日を‥。

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2009年2月10日 (火)

in Trouble Again

Dsc00862 今、ぼくにはニックネームがある。

アメリカの父と呼ばせてもらっているキャッシュ・ビーチャムがつけてくれた“RUBBER ARM”という名前だ。

2005年の最初の渡米以来、ずっとぼくを可愛がってくれる彼の下で今プレーさせてもらっている。

そんな彼がつけてくれた“RUBBER ARM”というニックネームは、ぼくにとって最高の褒め言葉だ。

“RUBBER ARM”は直訳すれば「ゴムのような腕」と訳すことができるが、野球界では「絶対に故障しない頑丈な肩」を意味する。

ストレッチやアイシングに無頓着なアメリカ人に比べて肩のケアを怠らず、毎日ブルペンに入って毎日マウンドに上がれる。

そんなぼくの仕事っぷりを表現したのが、この“RUBBER ARM”という言葉だ。

キャッシュは、また、口が悪いことでもよく知られている。

だから、みんなの前で「お前の肩は、RUBBER ARMだろ?」と聞かれたとき、ぼくは意味がわからず、また汚い言葉でぼくを冷やかしているんだろうと思い「はい、そうです。」と適当に答えたら、みんなが一斉に笑った。

あとあと、ルームメイトから、「俺たちは、とてもじゃないけど毎日マウンドに上がれるなんてお前みたいに自信をもって言えないんだよ。」とみんなが笑った理由を教えてくれた。

彼は、いつもぼくのピッチングを必要としてくれる。

足を捻挫して1日休んだときも「俺にはお前が必要だ。」と言ってくれたし、ぼくが「今日も投げれます。」というと、あの大きな体でおもいっきりぼくを抱きしめてくれた。

チームメイトの中には、毎日投げられる奴なんかいないんだからとキャッシュの言動に否定的な人間もいる。

しかし、ぼくは、彼の意見は正しいと思う。

毎日ブルペンに入って毎日試合で投げるのがリリーバーの仕事だし、それができないようでは次のレベルには行けない。

それを誰よりも熟知しているから、キャッシュは期待を込めてぼくに毎日投げるよう要求する。

そんな大切な人の下でプレーさせてもらっているから、今の状況が歯がゆくてしょうがない。

初戦での登板以来、ぼくはひとりブルペンに入り続け、寒さに凍えながら3回も4回も肩をつくる日々を過ごしている。

そして、これまでに3回の登板機会をもらい、2回目と3回目は彼の期待を酷く裏切った。昨日は途中で自主的にマウンドを降りた。

やはり、今のぼくには“RUBBER ARM”は相応しくない。肩は完全に完治していなかった。

120%の力でマウンドに上がると、激しい痛みが肩を突き刺す。昨日の夜は、一晩中腕が痺れていた。

肩さえ痛くなければ絶対に抑えられる。絶対の自信があるし、今までの経験で充分な確信もある。

肩さえ痛くなければキャッシュを喜ばせることができる。また、一緒に喜びを分かち合って、おもいっきりハグしたい。

だから、この言葉を聞くたびに、罪悪感でいっぱいになる。

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2009年2月 6日 (金)

NISHIKI

Dsc00891 この1週間、何度も何度も挑戦していたら、ようやくインターネットに接続できました。

日本にいたら一瞬で繋がるこんなことも、この国では1週間かかります。

こんなところに海外生活の醍醐味があります。

良いことも悪いことも、当たり前であることの幸せさとつまらなさを感じることができました。

ところで、先日の練習中、不覚にもマウンドに足を取られ右足を捻挫してしまいました。

大したことはなかったのですが、一応アイシングやテーピングなどいろいろやるべきことをやり、でもその前にまず辞書で「捻挫」を調べました。

答えは、“Sprain my ankle”。またひとつ新たな言葉を覚えました。

ぼくは、出発前の打ち合わせで、後半戦に勝負をかけられるよう調整を重ねているので、一応翌日は休みをもらいました。

今日も、最終回まで相手投手に完全試合をされてしまい、まったく出番なく終わってしまいました。

でも、焦ることはありません。まだシーズンは1週目、4試合消化しただけです。

仲間の日本人たちは、早くも帰国へのカウントダウンを始め、連日夢で日本の生活を懐かしんでいるそうです。

ぼくも、この挑戦を始めたころは、毎日カレンダーとにらめっこしていたものです。

そう考えたら、やはり、これまでの経験がぼくを大きくしてくれました。

今回のリーグは、たった1ヶ月で毎週休みもあり、解雇されることもありません。

言葉の通じる仲間も、気心知れた仲間もたくさんいます。

本当に毎日楽しく過ごしています。RICE POWERも力強く背中を押してくれます。

出発前に母からご飯の炊き方を教えてもらい、日本から小さな炊飯器を持参しました。

いつも、ポテトチップスをおかずにハンバーガーを食べる毎日ですが、米のおかげで毎日元気にやっています。

やはり、どんなにアメリカ生活に慣れようと、ぼくは根っからの日本人なんですね。

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2009年2月 4日 (水)

I`m Alright

ご報告遅れて申し訳ありません。

ぶじ、アリゾナに到着し、先週末ウィンターリーグの開幕を迎えました。

ぼくは、開幕戦の2番手で登板し、チームの初勝利に貢献しました。

もちろん、充分な内容ではありませんでしたし、まだまだ始まったばかりですので、これからさらに気をひきしめて頑張って行きたいと思います。

ちなみに、アメリカへ渡ってから今年で5年目になりますが、これが自身初の勝利投手でした。

リリーフピッチャーにはあまり関係ありませんが、けっこう嬉しかったです。

今のモーテルは、インターネットが使える環境にないので定期的な更新ができませんが、ぼくは今のところ元気にやっています。

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