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2009年7月28日 (火)

Beach Boys

Img_1155_400 最近、朝起きてすぐにロードワークへ出かけることを日課としている。

地元「海老名」の町から近隣の町まで、住み慣れた土地を駆け抜けるのはそれはそれでおもしろい。

おかげで、バイト先の仲間からは、「いたる所に“出没”する」と熊のような扱いを受けている。

ピッチャーである前に一人の人間として、歩く・走ることはすべての運動の始まりである。

走ることを理解して初めて、ぼくはマウンドの意味や投球フォームを理解できると思っている。

しかし、樗木さんとのトレーニングで経験したTokyo City Tourを通じて、知らない土地を走ることの楽しさも初めて知った。

フリーエージェントの期間が多いぼくにとって、モチベーションの維持は何よりも大切な要素である。

チームに所属していれば、それはそれで不自由な点も多いが、「行かなければいけない、やらなければいけない」という強制力が辛い練習から逃げない大きな動機となることも事実である。

ぼくのような立場にあると、自分のやるべきことだけをやればいいので、誰からも強制されない分いつでも簡単に辛い練習から逃げることができる。

誰に注意されるわけでもなく、誰かに責任を負うわけでもないので、調子が悪いとか暑いとか、そういう些細な理由でトレーニングを怠る選手を山ほど見てきた。

その点、ぼくは、オーバーワークが大の得意分野であるほど心と体を辛い練習に向けるのが得意なので、それがぼくの“Never Give Up”精神を支えていると言っても過言ではない。

ただ、そうは言っても、常に“工夫”をしていないとまんねりや飽きにつながるので、毎週火曜日は「海の日」と勝手に名付けることにした。

近くに住む親せきの家を利用して、火曜日は江ノ島の海岸沿いを走ったり、リハビリしたりして、トレーニングと気分転換を兼ねることにした。

今日は、1時間ほどビーチや江ノ島を走ったあと、1時間半かけて丹念に「三沢さんストレッチ」を行い、その後手術して以来初めての「三沢さんラン」も再開した。

ここ数日で、三沢さんストレッチは早くも効果を発揮しているし、そのことで腕を大きく振る中・短距離の三沢さんランも行えるようになった。

その後は、超辛いと子どもたちにも評判の「樗木さん腹筋」も行い、4時間みっちり汗を流したら最後は少し気持ち悪くなり、おまけに首を痛めてしまった。

初めて夏の海を体験し、初めて海の家を見て、テレビで見たことのある風景についテンションが上がり、調子に乗ってしまったことを反省している。

ただ、ちょっとした工夫で、辛い練習をいくらでも楽しくすることができる。

そんなテクニックを子どもたちにも教えて行けたら、もう少し彼らの家での過ごし方が変わるかもしれない。

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2009年7月24日 (金)

Come Again

Img_1131_400 先日、トレーナーの三沢さんに再び来ていただき、前回からの経過を診察していただきました。

もうまもなく、初回の診察から1ヵ月が経過しますが、あれから一度も痛みが再発していないので、前回の治療は大成功と言っていいでしょう。

感謝してもしきれません。

今回からは、なかなか縮まらない10cmの壁を克服するべく、新たなリハビリメニューを教えていただきました。

今は、肩の動きがぎこちなく腕の骨が上に出てくるような状態になるので、ぼくにとっては心配の種だったのですが、その辺の原因を今回は明確に教えていただきました。

「原因は、非常にシンプルだ。」と、三沢さんは言います。

とにかく、肩周りからわき腹にかけての柔軟性を上げれば、自然と肩は上がってくるということです。

1~2週間一生懸命がんばって、しっかりと外旋90°の状態が作れるようになったら、病院を再開して主治医の先生の診断を受けようと思います。

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2009年7月21日 (火)

Good Morning Baseball Fans!

Img_0886_400 この3連休は、朝からみっちり海老名シニアの練習に参加し、コーチの傍ら自分でも積極的に体を動かし、毎日子どもたちと楽しく野球をしています。

シニアのホームグラウンドへは片道11kmありますが、少しでも体のためになればと思い自転車での通練を始めました。

毎朝、早くから自転車をこぐと、河川敷のグラウンドや学校の校庭では、すでに練習を開始しているチームがいくつもあります。

歩道にはユニフォームを来た少年が歌を歌いながらグラウンドへ向かい、また、ある制服姿の丸坊主くんは憂鬱そうに肩を落としながらグラウンドへ向かっていました。

すれ違う車には、同じユニフォームを来たお父さんと子どもが、眠そうにグラウンドへ向かう姿が何台も見られます。

みんな、なんて野球が好きなんだろうなと思いながら、この国における“野球”の大きさを改めて実感しました。

ぼくも、一刻も早くマウンドへ戻りたいと思うのですが、こちらの方はなかなか思うように行かないのが現実です。

多くの方々のご協力で劇的な変化を見せた肩も、キャッチボールまではあと10cmというところで行き詰っています。

この腕がぴったりと地面に着けばいよいよキャッチボール再開なのですが、そこからがなかなか進みません。

もう間もなく、手術から4カ月が経とうとしています。

「焦らず、ゆっくり」をモットーにリハビリをしてきましたが、来年2月の復帰に向け、そろそろ逆算も必要な時期に差しかかっています。

根気よく継続しながらも、常にリハビリがより良いものとなるよう試行錯誤し、また別のアプローチができないか考えながら自転車をこぐ毎日です。

「コーチも意外に疲れるな‥」と思いながら帰りの自転車をこいでいると、朝すれ違った子がまた歌を歌いながら歩道を歩いていました。

日曜日の夕方は、練習を終えた野球少年たちで、また歩道が賑わう時間帯です。

「まだまだ、おれも負けられないな。」と思い、40分の新記録で家に着きました。

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2009年7月13日 (月)

Ways to be Relax

Photo020_400 最近、テレビで医療系の生々しいシーンを見ても、目を開けていられるようになった自分がいた。

病院から無理言って貸してもらった手術のDVDも、もう何度も見返して自分の体を勉強した。

今までは、人一倍「血」に弱い性格だったのに、これまで消極的にとらえていた手術の経験が、また一歩自分を強くしてくれたんだと気づいた。

最近、シニアリーグで野球を教えるようになって、ケガの相談にくる子どもたちが非常に多いことに驚いている。

まあ、“体”も“心”もデリケートな年頃だから、心が体をケガさせている選手が大半ではないかとぼく自身は思っている。

辛い走りこみの前に突然「膝」が痛くなったり、打ち込まれた翌日に「肩」が痛くて投げれなくなったり、でも帰るころにはけろっとしている選手がほとんどである。

ただ、そんなケガも甘く見てはいけない。どんな些細な痛みも、それは体が出しているれっきとしたSOSである。

ぼくは、そんな子どもたちに、必ずかける言葉がある。

それは、この上がらない肩に刻まれた4ヶ所の傷跡を見せ、「これは悪い例だからな!」という言葉である。

子どもたちの中には、手術をしてまで野球をすることにかっこよさやテレビで見る一流選手の証を見出す選手が少なくない。

もちろん、ケガをすることで学べることは山ほどあるけど、できればそれを避けるのが賢明である。

今、イチロー選手が、9年連続200安打の偉業に挑戦している。実に、108年振りの記録更新だという。

この108年間、イチロー選手に肩を並べ、またはそれを上回る技術や才能を持った選手は、おそらく山ほどいただろう。

しかし、イチロー選手のすごいところは、ひとえに、強靭な“肉体”だとぼくは思っている。

あのレベルでプレーする選手が、検査入院程度の胃潰瘍を「かつて経験したことのない痛み」と言い放ったことにぼくは衝撃を受けた。

プロ野球の世界では、満身創痍の体で毎日グラウンドに立つ選手は少なくない。

ぼくが一緒にプレーした元メジャーリーグの選手も、毎日テーピングまみれで足を引きずりながらプレーしていた。

やはり、“良い”選手というのは、常に自分の持つ最高の能力を出し続けられる選手のことを言う。

しかし、常に頑張りすぎて、未だにオーバーヒートを繰り返すぼくがこんなことを言っても説得力がないので、今日はぼくが今お世話になっている整骨院を紹介したいと思います。

ぼくの兄の親友で、ぼくも幼いころからよく知る先生が、新しく海老名に「いるか鍼灸整骨院」をオープンしました。

先生自身も、少年野球から高校野球までを経験した元球児で、スポーツ障害にも豊富な知識を持つ海老名の野球小僧には大きな味方です。

また、最新の電気治療器やウォーターベッド、プロ野球選手や世界のトップアスリートも愛用する話題のマイクロアンペア治療器「レボックス」も導入しています。

これは、海外でMagic Box(魔法の箱)と称され、痛みの軽減・除去に非常に即効性のある革命的な治療器具だそうです。

実際に、ぼくも、先週末から右下の背筋に強い痛みがあったのですが、今日先生にマッサージをしてもらい、電気とレボックスでだいぶ痛みが和らぎました。

あす、あさってからは、また通常のトレーニングに戻れそうです。

今は、月曜日を完全オフとしてトリートメントの日を設け、良いコンディションのもとで1週間のリハビリをこなすことができています。

「休むことも練習のうち」、この言葉に尽きます。

いるか鍼灸整骨院                                          海老名市国分寺台2-4-9                                       046-233-9914

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2009年7月 9日 (木)

Tokyo City Tour

Photo013_400 三沢さんに痛みを取って頂いて以来、すっかり世界が変わったかのようにいろいろなことができるようになりました。

課題の外旋筋は稼働域が大幅に広がりましたし、寝ながらであれば腕をぐるぐる回すこともできるようになりました。

動かせるようになったからこそ感じる痛みや問題点も新たに出てきていますが、やるべきことは先日の診察で明確になったので、今はひたすらその課題の克服に時間を費やしています。

病院はというと、こちらはしばらくお休みをしています。

痛みの取れ方が、おそらく医学の世界では説明がつかない神業的な取れ方だったため、その点での理解と考慮が得られるかどうかという不安がありました。

今の時点で一番避けなければいけないのは痛みの再発です。

また無理なストレッチをして痛みを再発させたり、新たな痛みを作ったり、痛みの癖付けとなってはせっかく痛みを取り除いた意味がなくなってしまいます。

自分の考えの中にも、この状態で主治医の先生に見せたいという明確な考えがありました。

また、痛みを取って頂いたドクターの治療方針を最優先にしたいという考えもありました。

その点での意見の合致が三沢さんとの間で得られたため、今は病院をお休みして、課題の克服に全力を上げています。

そんな中で、今日は3週間振りに樗木さんのお時間を頂けたので、久しぶりに恵比寿の加圧スタジオへ行ってきました。

当初は、最初に軽くランニングをして、その後ストレッチや加圧等のトレーニングを受ける予定でしたが、またしても大都会“Tokyo”の街並みに魅了され、結局、帰宅時間まで2時間以上走り続けてしまいました。

最初は、恵比寿から「五反田」までということでスタートしましたが、ここまで来たらということで次は「品川」になり、そうしたら次は「銀座」までということになり、途中きれいな「東京タワー」が見えたのでじゃあその下までということになり、最後はやはり「六本木ヒルズ」へということでそちらを回って帰ってきました。

最近は、かなり入念な長距離走を続けていたので、今日は調子もよく、呼吸やフォームの乱れも最小限に抑えられ気持ちよく走り切ることができました。

また、何よりも、質の高いランニングができたことが最大の収穫でした。

樗木さんもいっしょに走ってくれたので、終始フォームチェックやアドバイスを受けられ、また、道案内からi-podの代わりまでしてくれ、一人で走る何倍も充実した走りこみができました。

やはり、すべての運動は、「歩く・走る」から始まります。

正しい走り方を身につければ、それはイコール正しい投球動作にもつながります。

一概に、走りこみと言っても、下半身や心肺機能の強化だったり、辛い嫌なイメージだったりというだけではなく、改めて体全体を使った全身運動であり、投球動作に通じる点がいくつもあることを実感しました。

これからも、姿勢と走り方の習得、肩の課題克服に全力を尽くして行きたいと思います。

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2009年7月 7日 (火)

Defence is the Best Offence 3

04_320 そして、最後のこだわり、それはピッチャーとしての“誇り”と“決意”である。

野球というのは、たとえ審判が“PLAY BALL”と叫んでも、たとえバッターが準備万端にフルスイングしても、ピッチャーがその一球を投じるまでは決して始まらないスポーツである。

誰よりも高い位置でゲームを見渡し、その注目が途切れることはない。

その日の流れも、時間も、勝敗も、すべてはピッチャー次第といっても過言ではない。

それだけ、ピッチャーというのは特別な存在なんだと知ってほしい。

もちろん、天狗になれとか、調子に乗れというのではなく、ピッチャーであることを胸を張って自慢できるぐらい誇りに思っても良いという意味である。

なぜなら、マウンドには、それだけ大きな責任と重圧が伸しかかるからである。

よく、指導者の中には、「うちの選手は、ブルペンではすごく良いのに、大事な場面になるとすぐプレッシャーに押しつぶされる。」と嘆く人がいる。

ぼくは、いつも、子どもたちに指導をするとき、まずはじめにマウンドの厳しさ、恐ろしさを説明する。

その上で、それに値する厳しい練習が待ち受けていること、他にもポジションは山ほどあることを説き、それでもピッチャーをやりたいかどうかを確認する。

技術的な向上は、今後、高校・大学と進むにつれて大いに期待が持てるが、精神的な面は成長とともに固定観念が身につけば身につくほど教えるのが難しい。

そして、その精神的な強さ、決意、覚悟が、ピッチングの9割を占めるとも言われている。

死んでも、マウンドを守る覚悟はあるか?

死んでも、チームを勝利に導く覚悟はあるか?

どんなにエラーや配球ミスがあっても、敗北の全責任を負う覚悟はあるか?

以前、アメリカで、「KAMIKAZEほど怖いものはない。」とぼくに呟いた人がいた。

野球においても戦争においても、人生においても、意を決した者を止めるのは容易ではないということだろう。

体格や戦力、軍事力に勝るアメリカが、意を決して向かってくる小さな戦闘機に恐怖を見たというのは、おそらく間違いない。

実際に、野球の試合でも、すごい球を持っているのになぜかいつも打たれる選手、見た目は大したことないのになぜかいつも打たれない選手というのがにいる。

観客の視線や敗北の恐怖、大舞台でのプレッシャーなんていうのは、ピッチャーが固めるべき決意の大きさにくらべたら大した量ではない。

ぼくが、あんな球でプロのマウンドに上がれたのも、肩がこんな状態になっても野球を続けるのも、飯もまともに食えないのに胸を張って「職業は野球選手だ」と言えるのも、すべての理由はここにある。

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2009年7月 2日 (木)

Defence is the Best Offence 2

Img_0001df_320 二つめのこだわり、それは「ピッチャー陣としての絆」である。

バッターボックスは9人で守ることができても、マウンドを守れるのはただ1人である。

チーム一丸となってバッターボックスに立つことはできても、マウンドに上がれるのは“ピッチャー陣”だけである。

先発ピッチャーが引きずり降ろされたら、次のマウンドを守るのはだれか?

リリーフピッチャーがランナーを貯めてマウンドを降りたら、そのランナーを一人も帰すことなく片づけてくるのはだれか?

マウンドの上で冷や汗をかくピッチャーがいたら、その汗を拭きに行くのはだれか?

マウンドの上で悔し涙を流しているピッチャーがいたら、その涙をうれし涙に変えてやるのはだれか?

それができるのは、ピッチャー陣だけである。

だから、ぼくは「とにかくお互いを知れ!」とピッチャー陣には説いている。

性格、出身地、大好物、両親の名前から好きな女の子の名前まで、とにかく仲間を知れと説いている。

短期決戦の多い学生野球においては、「一人の絶対的エースはいらない。みんなでマウンドを守れ!」というのが、彼らの“夢”を叶える最善の方法だとぼくは考えている。

一人の怪物を生み出すには、おそらく、運命、出会い、境遇、遺伝子等々、さまざまな奇跡が必要である。

しかし、みんなが一丸となってマウンドを守ることに奇跡は必要ない。そして、その力は計り知れない。

食事のときも、移動のときも、常にいっしょに行動する。全員でスタートしたら、全員でゴールする。

とにかく、あの険しいタフなマウンドを守るには、ピッチャー陣の結束が必要不可欠である。

先日の走りこみでは、ケガで走れない者のユニフォームを元気な者に持たせて、長い長いロードワークをピッチャー陣に課した。

ぼくは、その光景を後ろから見つめていたが、手に握りしめる者、脇に抱える者、背中に背負って走る者もいた。

彼らは、しっかりとケガで走れない者の悔しさを背負い、どしゃ降りの雨の中、全員でゴールした。

彼らには、その意味がわからなかったかもしれない。

でも、あの孤独で険しいマウンドに一人ポツンと立たされたとき、きっと彼らは仲間の存在の大きさに気づくことだろう。

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