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2009年10月29日 (木)

Smile

Img_1319_400 きのう、約2ヵ月ぶりに、三沢さんの往診を受けました。

それより少し前に、調子の悪かったころの状態を電話で相談しメニューを変更していたので、その変更が“吉”と出て、また調子は上向いてきました。

もう新たなメニューを加えることもなく、診察もかつてないほど早く終わり、何よりも三沢さんの安心した表情が印象的でした。

ひとえに、これは、三沢さんの「最低ライン」を越えたということを意味します。

また、それと同時に、あとは自分自身で感じ、解決し、対話して行きなさいという意味でもあるとぼくは解釈しています。

あとは、GOサインを待つのみではなく、GOサインを出すのみ。

やはり、ピッチングにおいてもリハビリにおいても、「サインは出されるものではなく、投げたい球を投げる」、ぼくが常に子どもたちに教えていることです。

投げたくないのに首を振らない、迷いがあるのにそのまま投げる、そういう球は十中八九打たれることをこれまでの経験で痛感させられています。

これだけ洗練されたリハビリのお陰で、恐怖心や不安は一切ありません。

三沢さんにも、お前のこだわりを貫き通せと背中を押してもらいました。

こだわりとは、すなわち「1球目から全力」。様子見で大事な1球を投じるなんて絶対にしたくありません。

全力とは、「出せる限りの力」、そう辞書には書いてあります。

しかし、ぼくの辞書には、全力とは「持っている限りの力」、そう書きたいと思います。

出し惜しみなんて言葉は、絶対にぼくの辞書にはありません。

その字のごとく、持っている限りの力をもって最初の1球を投じたい。

そのこだわりは、今も着実に強くなっています。

確かに、調子が良いときもあれば悪いときもあるけど、ここまで来たんだから、今後がどうとか渡米がどうとか、そんなの一切抜きにして、納得するまでやり切ろうと決意はかたまりました。

「次会うときはグラウンドで!」、そう言って硬く握手をし、しっかりと頭を下げて車を見送りました。

最初のころと比べると、外はすっかり寒くなっていました。

春に始めたぼくのリハビリ生活は、まもなく冬を迎えます。

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2009年10月25日 (日)

Use failures to learn

Img_0002_400 今日は、ぼくにとって、1年生にとって、初めての公式戦を迎えた。

夜2:00過ぎに帰宅し、朝4:30には家を出て、まだ真っ暗な道を集合場所まで歩いた。

「もう、何度野球バッグを抱えて、日の空けきらない道を野球場まで通っただろう。」、そんな思いが頭をよぎった。

「この年になってまで。。。」、本当にぼくは幸せ者だと神様にお礼を言った。

温かいベッドで寝るのもいいけど、この感じも嫌いじゃないなと思った。

結果的に試合は負けてしまったけど、長い目で見た成功を勝ち取るために、彼らにとってはもっとも必要なことだったのだろうとぼくは思う。

確かに「勝つ」ことは気持ちいいけど、それは一瞬の快楽であって、大人たちのマスターベーションに過ぎないとぼくは考えている。

未来ある子どもたちの将来の成功を願えば、間違いなく「負ける」ことの方がはるかに多くの価値がある。

ぼくは、今の生活をするにあたり、大きな覚悟を決めている。

地位も名誉も財産もない、一歩間違えればホームレスにだってなりえる状況の中で、「死ぬ前に一瞬でも笑えればそれでいい」という生き方に誇りを持っている。

学生野球においては、3年の夏がすべての集大成なのだから、そこで笑えばいいじゃないかとミーティングでは話した。

今のチームには、正直公式戦で抜け目なく勝ちあがれるほどの才能や体格も、決意や覚悟や練習も、まだまだ全然足りない。

ぼくが所属したチームは、8年連続全国大会に出場し内4度優勝に輝いたけど、今のチームに比べれば遥かに貧しかった。

ホームグラウンドなんて持ってなかったし、バットやヘルメット、バッティングケージやマシン、マイクロバスに至るまで、チームで用意してくれるものはほんの僅かだった。

しかし、練習量、試合数、試合への準備、声、あいさつ、厳しさ、全国への思いとプレッシャー、そういったものは間違いなく全国で一番だった。

このまま行けば、彼らの大事な3年間は、間違いなく「良い思い出」で終わる。

「失敗から学べる選手」にならなければ、彼らの将来はない。

失敗に対する態度を確立し、自分の成長につながるような何かを絶えずつかみとれるような選手は絶対に上手くなる。

「成功のために積み重ねる敗北は、敗北とは言わない」、これがぼくのモットーである。

正直、今日は、彼らが簡単に勝ってしまうのではないかとヒヤヒヤしながら見ていた。

ぼくがいる間に教えたかったこと、そしてそれは公式戦でなければ感じ取れないことであり、見るからに格下に足元をすくわれなければ実感できないことでもあった。

勝利を信じて戦ったスタッフや子どもたち、父母会さんには申し訳ないが、そういった意味では、今日は非常に実りある良い一日だったとぼくは満足している。

ぼくの人生は、未だに敗北の連続で、日常生活では絶対にありえないような痛い目に何度も何度もあってきた。

それに比べたら、彼らの将来は間違いなく明るい。

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2009年10月20日 (火)

One Goal

Img_1454_400 「どうしても上手く行かない‥。」と嘆きたくなってしまう。

そんなぼくのリハビリ生活は8ヶ月目を目前に控え、ここでまた新たな問題が発生した。

当初の予定では、あと“2週間”で行けるかもしれないと公言したが、今日でちょうどその2週間目を迎えている。

しかし、その後からヒリヒリとした痛みと疲労感が増し、体が冷えたり間隔が空くと顔がゆがむような痛みがある。

また、以前から気をつけるよう注意されていた骨と骨の当たる音が、未だに消えずにいる。

調子の良いときと悪いときの稼働範囲にすごく差が生じるため、新たにメニューを変更する必要があった。

結論としては、キャッチボールはもちろん持ち越し、負荷や回数も以前のメニューに戻すことになった。

実は、最後のラストスパートをかけ、前回の手直しでは回数を“5倍”、負荷を“2倍”に増やしていた。

そのことで、おそらく何らかのダメージがあったものと推測される。

「痛みがあるなら取ればいい」、痛みがある状態で無理をしないことが、最初に三沢さんと出会ってからの一貫した教えである。

「いつになったら投げられるのか?」、この質問に対する答えは、もうぼくには見当もつかない。

ただ、目指すゴールは、今も昔も変わらずぼくの心の中にある。

けが人は、グラウンドの“外”で、ゴザを敷いてトレーニングするのが海老名シニアの仕来りである。

「ゴザーズ」と名付けられたそのチームで、もっとも長く居座っているのはこのぼくだ。

成長期でケガをしやすい時期の子どもたちは、回復力もまたズバ抜けて高い。

骨折して途中からチームに加わった選手にも、もうすぐ抜かれそうな勢いである。

やっぱり、ぼくの人生は、人一倍時間がかかるということなのだろう。

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2009年10月13日 (火)

Full Throttle

Img_1444_400 今日も“海練”に行ってきました。

最近は、肩の調子も良くなり、子どもたちへデモンストレーションをする機会も増えてきました。

先日も、バッティングケージに入って、ティーと合わせて200球の打ち込みをし、“フルスイング”とは何ぞやというところを見せてやりました。

シニアで指導をはじめてから、この「全力」という言葉にはどれだけお世話になったか、またこれほど教えるのにむずかしいものはありません。

これをこうすれば全力になるとか、その子にとってどれが全力なのかとか、これこそ絶対だという答えがぼくにはまだありません。

だから、汗とか表情とか、タイムとかスピードとか、どうしても見た目で判断しがちなところがあります。

でも、それは違うなと最近思いはじめています。

やはり、そうすると、どうしても身体能力の低い選手とか、汗をかきにくい選手とか、喜怒哀楽を表に出さない選手とかに追い打ちをかけることになり、身体能力の高い選手とか好みの選手に偏りがちになる傾向があると感じているからです。

だから、例えば足がつったら、それは今の体力の限界まで自分を追い込めた証拠であり、例えばその日一日ぐっすり眠れたら、それはその日一日すべてのプレーに全力を出し切れた証拠であると考えなければならないとぼくは思うようにしました。

そして、もし子どもたちに「全力とはなにか?」と聞かれたら、ぼくは迷わずこう答えます。

「俺のプレーだ!」と。

そう自分にプレッシャーをかけ、いつ子どもたちの前に出ても恥ずかしくないよう日々練習に励んでいます。

また、それが、大きな才能や体格に恵まれなかったぼくの“勝負魂”でもあります。

なぜ、こんな話しをするかというと、先日の慣れないバッティングで全身筋肉痛になってしまったからです‥。お恥ずかしい限りです。

なので、今日は志願の海練で、3時間みっちり走り込んできました。

中学生の恐ろしいスタミナにいつまで体がついて行けるか、これからもこっそり平日練習に精を出し、また彼らに全力プレーを見せつけてやりたいと思います。

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2009年10月 6日 (火)

KANSHA

Img_1340_320 ここ最近感じていた嫌な痛みが、今日はまったくない。張りや痛みがなくなり、また一段と稼働域が増えた。

許されるなら、あと2週間。あと2週間頑張れば決心がつくかもしれないと久々手応えを感じた。

毎週月曜日は「イルカの日」。

先生のご厚意により、定期的に「イルカ鍼灸整骨院」に通わせて頂き、そこでさまざまな治療を受けさせてもらっている。

昨日もその治療に行き、今日のとても良い状態は間違いなく先生のお陰である。

初診のときを思うと、先生の愛情あふれる治療には感謝してもしきれない。

ぼくのまわりは、スーパースターのように多くの関係者が取り囲む環境ではないけど、そんなぼくを支えてくれる人が一人でもいる限り、ぼくはその人のために“プレー”で恩返ししたいと常に思っている。

このようなことはあまり口にするべきではないのかもしれないけど、ぼくはそんな彼らに“お金”を支払ったことが一度もない。

アメリカの恩師にどれだけチームを紹介してもらっても、

トレーナーさんに真夜中の往診をお願いしても、

休日返上で無理を言って練習を見てもらっても、

すばらしいトレーニング施設やグラウンドを使わせて頂いても、一切のお金を支払ったことがない。

というか、支払う力がないと言った方が適切かもしれない。彼らに金銭で恩返しをすれば、数十万というお金が一気に飛ぶ。

だから、ぼくはいつもこう言っている。

「お金が必要であれば、いつでもぼくを見捨ててください。その代わり、それでもぼくを助けてくれるなら、ぼくは人生をかけて恩返しします」と。

お金という単位で感謝の気持ちを表す方が、言葉や表現でするよりも明白で、現代社会においては楽で手っ取り早い方法だけど、ぼくにはその力がない。

だったら、何で恩返しすべきなのか?

迷いなく夢に向かって突き進む“ハート”で、そしてその思いを込めた“ピッチング”で恩返しするしかない。

それが、また、辛い練習に耐え、何度打たれてもめげずにマウンドへ上がる原動力となり、何があっても決してあきらめずにいられる心の支えでもある。

彼らと別れると、「なぜ、彼らは嫌な顔ひとつせずいつもぼくを助けてくれるんだろう?」、この言葉がいつも脳裏に浮かぶ。

ぼくが、いつも子どもたちに感謝の気持ちを持つことを伝える理由は、こんなところから来ている。

海外に出て、孤独な日々を過ごし、チームを渡り歩いて、手術もした。

目の前に「野球」があり、「チーム」があり、「ボール」があって「相手」がいる。

そして、誰よりも彼らを思う「親」がいて、彼らのサポートのもとにチームが成り立っている。

今のぼくからしたら、それは“奇跡”に近い。そう思えるから、ぼくは常に謙虚でいられる。

いつかきっと、言葉でも態度でも、プレーでもお金でも、恩返しすることを誓う。

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2009年10月 2日 (金)

It`s about the TIME

Img_1422_320キャッチボール再開へのカウントダウンをはじめてから、はやくも4週間が経ちました。

三沢さんとの打合せでは、遅くとも1ヵ月後には、状態はどうであれ一度投げてみようということになっており、それがちょうどこの時期にあたります。

途中、長期の連休が入り、リハビリの計算には少し誤算があったけど、そろそろ今後の方針を検討しなければいけない時期に差しかかっています。

非常に漠然とした感覚的なものではありますが、自分としては「もう行ける!」という気にはなっていません。

柔軟性はだいぶ向上していますが、それでもまだ“完全”とは言えませんし、以前はリハビリをすることで“清々しさ”みたいなものを感じていたのですが、最近は“だるさ”というか、ヒリヒリした痛みを感じることが多くなりました。

ダイナミックな動きを取り入れ、ひさびさ関節や筋肉に大きな刺激が加わったこととか、稼動範囲が広がり、まだ柔軟性が不十分な場所との差が広がっていることも考えられますが、確信的なものはありません。

ここで、あせるか、あせらないか。

今までの苦労や今後の回復に大きく関わってくるこの時期に、自分の成長が試される大事なターニングポイントに差しかかっています。

これまで支えてくれたみなさんのアドバイスを聞きながら、自分自身が一番納得できるかたちで復活の1球を投じれるよう、今日もコツコツ階段を上がります。

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