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2009年12月26日 (土)

Destiney is waht I make it!

Img_320 2年前の冬、プロのマウンドを経験したぼくは、意気揚々と将来の“夢”を語っていた。

「3年以内に‥‥。」

独立リーグからマイナーリーグへ。そして、1A→2A→3Aと階段を一気に駆け上がる。

何ひとつ疑う余地はなく、そうなるものだと信じていた。

まわりには、いつもチームを紹介してくれる恩師がいて、サポートしてくれる企業があった。

取材に来てくれる記者がいて、契約交渉を担当する代理人がいた。

また、二人三脚で船を漕ぐ最高のパートナーがいつもそばにいてくれた。

しかし、そのすべてを失った。肩の故障という結果が、今まで築き上げてきた野球人生をすべて台無しにした。

そして、気づいたときには、誰もいなくなっていた。

ぼくの野球は遊びじゃない。学生野球でも草野球でもなく、プロである。

あらためて、自分の足を踏み入れた世界が“ビジネス”だと痛感した。

価値のない人間にかまうビジネスマンなどいないし、投げれない野球選手などなんの価値もない。

なかなか上手く行かないリハビリ生活の中で、そう言い訳したいと心が揺らぐときもしばしばあった。

時として、人生は、理由もなく辛い時があるのかもしれない。そして、避けようとした運命に出会ってしまうこともあるんだろう。

ぼくの神様は、ぼくよりも“ぼく”を信じている。だから、次々と試練を与えてくる。

しかし、この手術を乗り越えて、“運命”が絶対じゃないということを学んだ。人は、道を選べる。

まだ野球をやるのか、やめるのか。まだ“夢”を追うのか、あきらめるのか。「それが、運命だった‥。」なんて言い訳にすぎない。

人生に戦いは付き物だし、欲しいものは、戦わなければ手に入らない。

戦いや失敗を恐れることなく、できると信じてあきらめなければ、生きてる限り終わりはない。

その言葉を胸に刻み、9ヵ月間のリハビリに耐えた。そして、ぼくは、マウンドへ戻った。

ぼくの心は、絶対に折れない。今回も、証明した。

たった5mの距離だったけど、今できる限りの球は投げたし、子どもには笑われたけど、ぼくはあの投球を誇りに思う。

本当に気持ち良かった。横から止めてもらわなければ、ずっとずっと投げていたかった。

ぼくは、ひとりぼっちなんかじゃなかった。ほんの少しでも、こんなぼくを支えてくれる人がいる。

三沢さんがいなければ、ぼくは間違いなく引退していた。

誤った道から救い出してくれ、一向に取れない術後の痛みを魔法のように消し去り、いつもぼくを励ましてくれた。

ぼくがマウンドに戻るときは、絶対に一緒だと約束していた。

それから、樗木さんにも、この場を借りてお礼を言いたい。

お忙しい中、勤務先まで押しかけても、熱心に体づくりを手伝ってくれた。

一流の技術でストレッチをしてもらい、最高のトレーニング環境を与えてくれた。

また、地元海老名でお世話になる「イルカ整骨院」の山下先生にも感謝したい。

リハビリやトレーニングで疲れた体を毎週癒してくれ、次の週への活力を与えてくれた。

山下先生がいなかったら、ぼくはとっくに潰れていた。

そして、このブログを通して、また直接、温かい言葉を掛けてもらい、心配して頂き、気に掛けてもらった方々にも、本当に感謝している。

また、ぼくが投げれない間も、一緒にグラウンドで切磋琢磨した子どもたち。彼らからもたくさんの勇気とパワーをもらった。

そして、最後に、鋼管病院の渡辺先生。ぼくの執刀医である。

みなさま、本当に本当にありがとうございました。

ぼくは、間違いなくマウンドへ戻りました。

とりあえずは、ホッとさせてください。何とかぎりぎりで、年内間に合いました。

そして、これは、また新たなステップの始まりでもあります。

まだまだ安心できるわけではありませんし、今後いつ痛みが再発するかもわかりません。

これからも、ぼくの戦いは続きます。人生そのものが戦いです。

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