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2010年1月27日 (水)

Hope for it

Cimg0308_400 先日紹介した秘策は起死回生の一発にはなりませんでしたが、“雑用係”としての契約交渉は、今後の期待を維持しながら一段落となりました。

アメリカにいる恩師が、心当たりのある複数の球団に問い合わせをしてくれている最中で、積極的な回答をもらい次第ぼくに連絡をくれることになっています。

もちろん、ビザの取得に関しては、いつ返事をもらってもいいよう万全を期しています。

2005、2007と2度のビザ取得の経験を踏まえ、特に2007年は自らビザ取得のプロセスを経験したので、過去の資料を見返して当時の状況を思い返しています。

「ビザの取得ができなかったから契約できなかった」という言い訳は、もう終わりにしたい。

それが、ぼくの今の願いです。

2001年のアメリカ同時多発テロ以来、この言葉を何度も聞いてきました。

そして、このことが原因で、実力や情熱がありながらアメリカでのプレーを断念せざるを得なかった選手を何人も見てきました。

「ビザがなきゃだめ」「そんなんでビザが取れるわけがない」、そう決めつける人は未だに多くいますし、それが普通です。

でも、それじゃあいつまで経っても状況は変わらないし、これから海を渡る次の世代の子どもたちも、同じ挫折を繰り返すことになります。

それでは、ぼくたち先輩の意味がないし、ぼくたちの経験を持って彼らをサポートすることができません。

アメリカがそうであるように、「ぼくもテロには屈しない!」

ぼくが現役である内に、何か新しい道を作ってやる。その一心で、無事ビザが取得できると信じて、準備を進めています。

こんな小さなところにも、テロの影響は及んでいるんですね。

もちろん、メジャー契約でもできれば、こんな心配はまったくありません。ご心配なく!

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2010年1月23日 (土)

Embodies

Cimg1761_400 先日、トレーニングを見てもらっている三沢さんとお話しさせてもらい、今後のリハビリ方針について再確認しました。

原因不明の首痛やその他の張りは、今のローテーションがぎりぎりのラインを示しているということを教えてもらいました。

普段の投球では、意外に余裕でしっかりとしたフォームで投げれていると思いがちですが、やはり、体は正直です。

まだまだぎこちないし、体への負担も大きく、思わぬところに違和感や痛みが出てしまいます。

病み上がりこそ最大のケアをしてあげないと行けないなと肝に命じました。

ただ、下半身に関しては何の心配もなく、何をしても構わないとお墨付きをもらいました。

やはり、ジャパニーズ・スタイルのピッチングにおいて、下半身はもっとも重要なポイントです。

そして、下半身強化といえば、ウェイトトレーニングや創意工夫を凝らした強化メニューもさることながら、やはり基本は走り込みです。

だったら、「徹底的に行こう!」ということで、更なるステップアップを目指してシニアのグラウンドまでの往復にチャレンジしました。

距離は、海老名市から相模原市までの全長23km。

通い始めたころは自転車でもきついと感じましたが、今ではすっかり慣れたので「走りでも行けるだろう。」と思ったのが甘かったです。

なかなか普段の練習ではここまで走らないし、あまり気にならない傾斜や距離がとてつもなく長く感じるし、マックやラーメン屋さんがおいしい匂いをプンプンさせてるし、何度も心が揺らぎました。

でも、誰もやろうとしないことに挑戦するのがぼくのスタイルだし、何よりも子どもたちに“体現”することがぼくのチームにおける使命だと思っています。

常識的に見れば、ぼくだって「あり得ない」とは思うけど、最初から「ない」「できない」ではなく、「できるかもしれない」「できるところまでやってみよう」と思うその一歩が重要なんです。

仮にできなかったとしても、結果なんてものは意外に大したことはなくて、その目標に向かってチャレンジしたそのプロセスや勇気こそが折れそうな“心”を支えてくれるんです。

「疲れてあきらめかけたときこそ強い気持ちで乗り切る!」、そのことを胸に刻んで今日は走りました。

だからこそ、グラウンド到着後に掛けてもらった「バカじゃないの!笑」という言葉は、ぼくにとって最大の褒め言葉でした。

あれで一気に疲れが取れました。

これからも、ぼくは、“口”より“体現”で子どもたちを鼓舞して行きます。

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2010年1月19日 (火)

Change My World

Cimg1841_400 「2日投げて、1日休む」というローテーションで投球を再開してから、早くも3週間が経ちました。

1日30球という球数制限の中で、投げたいという“本能”を抑えるのはたやすいものではありません。

もともと、投げ続けるということで自分の存在価値を正当化している部分もありましたし、投げ続けるということで己の進むべき道を再確認している部分もありましたから、投げるということの欲求は人並み外れたものがあります。

どうしたって投げることのできない時期は、ある意味であきらめに似たような感覚があり、それはそれでリハビリに集中するためのモチベーションになっていましたが、投げれるようになるとやはり“欲”の方が“安静”を上回ってしまうことがあります。

ボールが自分の思い通りの弾道を描いて飛んで行く様やコンクリートの壁が皮のボールを弾く音は、どれだけ聞いても飽きることはありません。

3mから始まった壁当ても、今では15mにまで広がりました。

もちろん、決して無理しているわけではなく、投げれば投げるほど前日よりも良い感覚が戻り、日々理想に近づく感触が残ります。

これも一重に、リハビリのお陰であります。

人一倍時間を掛け、丹精を込め、洗練されたリハビリをこなしたからこその産物です。

通常、大きなケガや手術を経験した者は、復帰の際に強い恐怖心を抱くと言われていますが、ぼくにはまったくそれがありません。

支えてくださる方々の愛情はもちろん、今のこの肩の感覚が何よりも恐怖心を抱かせない確信となっています。

その他、中・短距離の走り込み(通称三沢ラン)も本格的に再開しました。

しっかりと大きく腕が振れるようになったので、下半身強化、ブルペン復帰等々を見据え、長距離からお馴染みの三沢ランに切り替えました。

正直、ぼくはこれがもっとも嫌いなメニューなんですが、同時にピッチャーにとってはもっとも重要なメニューだとも考えています。

シニアの子どもたちも、この中・短距離の走り込みをもっともっとやるべきです!

全体練習では、グラウンドの都合上長距離が多くなりがちですから、自宅での自主練でこっそりこのメニューを取り入れれば、絶対にライバルと差が付きます。

それから、バイトの往復も自転車からランニングに切り替えました。

たった2曲で着いてしまう距離ですが、一気に上り坂を駆け上がり、下半身強化とともに一日のトレーニングを締めくくる締めの一本としています。

サラリーマンのジョギングにしては全速力なので、深夜0時過ぎに泥棒して逃げているようでいつ警察に捕まるか心配です。

また、ウェイトトレーニングや水泳にもチャレンジして行ければと思っています。

これは経過観察や他の部分に大きな影響を与えるので、専門家と相談して慎重に始めて行きたいと思います。

現に、年末に痛めた首痛がまだ治らず、肩周りの凝りや疲労感も非常に強くなっています。

また、日常生活でも、不意に肩の骨がポキッと鳴ることが多くなりました。

肩の感覚に反して、体全体は何か重いものを背負わされた感じです。

先月から、ちょうど自宅に暖炉があり、昔から薪割りは男の子の仕事だと聞いて、下半身強化や握力向上を目指し毎週薪割りをトレーニングにしたのも変な影響を与えているのかもしれません。

大木を担いで、狙いを定め、鉞を振りかざす。何か野球に通じるところがあればと思い続けていますが、傍から見ればただの“金太郎”です。

これが子どもの仕事だったのですから、現代人は弱い。特に、今のぼくにはたやすいことではありません。

今までは当たり前のことが、これだけのブランクとダメージを受けると当たり前ではなくなっていることに気づかされました。

年ではないと信じたい。

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2010年1月11日 (月)

Legally

Img_0885_400 去年からコツコツと進めてきた契約交渉は、今年に入っても未だ交渉中です。

落ち着き次第すぐにまた子どもたちと野球ができると思っていたのですが、やはり契約交渉はそう簡単なものではありませんでした。

また、今回の契約交渉は、“選手”としてのそれではなく“雑用係”としての交渉であるため、今までとも少し勝手が違います。

ビザの種類も違えば待遇も違うし、そもそも“雑用係”というのは球団の専属のお掃除・お洗濯係ですから、単純に球団の職員ということになります。

ですから、選手よりもより質の高い“合法”が求められるわけです。

ある意味で、マイナーでプレーするような選手の職業価値というのは、法律的に見ればそんなに高いものではないのかもしれません。

お金を稼ぐとか社会的地位を安定させるとかいうための仕事ではなく、自分の夢を追うとか子どもに夢を与えるとか、地元を盛り上げるとかお客さんを喜ばせるとか、そういう意味合いの方が強いのかもしれません。

もちろん、メジャーに行けば腐るほど札束をもらえるんでしょうけど、マイナーではアルバイトは必需品です。

そういった意味で、今回は今までとは違った課題をいろいろと突きつけられています。

代理人がいるということがどれ程幸せなことか、過去の自分に伝えたいものです。

なかなかこういった類の仕事は、選手の立場からすると楽しいものではありませんし、できれば避けて通りたい、もっとトレーニングに集中したいと思う方が正解かもしれません。

しかし、代理人契約を拒否したのは自分なんだから、自分でやるしかない!

自分にできる仕事なのかどうかなんてわからないけど、一度は自分を試してみないと自分自身を正しく理解できない。

それでもできなかったら素直に人に頼れば良いし、その挑戦は絶対に無駄にはならないと信じている。

そして、何より、新しい経験は“心”を豊かにしてくれます。

“ハート”でプレーするのがぼくのモットーでありピッチングスタイルですから、このような経験はウェルカムしなくてはなりません。

何をどうすれば良いか試行錯誤の毎日ですが、寝ずに考えた秘策を携え、次の交渉に臨みます!

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2010年1月 6日 (水)

trainers

Cimg1790_320 今日は、本当に急遽、大リーグにおける日本人トレーナーの“パイオニア”友岡和彦さんの集いに参加させてもらいました。

この集いは、ぼくにとって非常に思い出深いものです。

2年前の冬に、ぼくは初めてこの集いで友岡さんと出会い、そこで今も直お世話になる三沢さんと樗木さんというふたりの“スペシャリスト”と出会いました。

あのときの出会いがなければ、今のぼくはありません。

あれ以来、トレーナーさんという立場からの知識や見解を多く学び、選手を磨く術をたくさん頂きました。

パイオニアでありながら、学生であってもフリーエージェントであっても経歴に関係なく歓迎してくれ、同業者であっても惜しげもなく情報を提供してくれる彼の存在は非常に貴重です。

そんな姿を拝見し、その強さと心の広さに感動しました。

やはり、誰も成し得たことのない新しい壁をぶち破った人というのは、独特のオーラや価値観を持っています。

ぼくも、将来、こういう場を作れる謙虚で大きな人間になりたいと思いますし、そうでなければいけないと思います。

また、各界で活躍される方々のお話も聞けて、グラウンドではなかなか気づけない貴重なお話を聞くことができ、すばらしい時間を過ごさせてもらいました。

今度、友岡さんがゼネラルマネージャーを務めるトレーニングジムに招待して頂いたので、是非勉強しに行こうと思います。

誰もが知る一流選手ばかりが顔をそろえているそうで、ここ最近そういった“エナジー”な環境から離れがちでいた自分に渇を入れてきたいと思います。

まだまだ、「思い出深い‥。」などと語っているようではダメですね。

あの時から、時間は止まったままです。早くマウンドへ戻らなければなりません。

本当に急遽の開催でしたが、わざわざ連絡をくれた樗木さんに感謝です。

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2010年1月 1日 (金)

2009-2010

Img_0016_400 明けましておめでとうございます!

さて、大みそかは、毎年恒例のOB会です。

今年から、シニアリーグの方で臨時のピッチングコーチを務めているので、2009年の締めくくりはOB会のダブルヘッダーとなりました。

少年野球である「海老名ダックスズOB会」は、5年連続5回目の参加で、シニアリーグの「海老名シニアOB会」は、初参加となりました。

シニアの方は、現役高校生主体のOB会ということで、甲子園球児を始め強豪校のユニフォームを身にまとったエリート君たちのすばらしいプレーがグラウンドを飾っていました。

一方、少年野球の方は、今年も70を越えた我らが代表が先発を務め、野手にはこちらも負けじと甲子園球児から相変わらずの“不良”&“おじさん”まで、ダックスズカラー全開のナインがグラウンドを彩りました。

どんな経歴や境遇でも、みんなの気持ちをひとつにする野球は、本当にすばらしいスポーツです。

毎年本当に楽しみで、楽しい。まだまだ野球を続けていて良かった。

代表には、本気で三振しました。完敗です。

今年、「横浜隼人」から甲子園へ行った坊主からはホームランをかっ飛ばしました。甲子園なんてクソ食らえです。笑

勝手な“エリート”コンプレックスをエネルギーに変えて、“ストリート魂”で海老中体育館にぶち当ててやりました。

ちょっと捻くれましたが、ともあれすばらしい一日を過ごさせてもらいました。

ただ、ぼくに内緒で勝手に肘の手術をしたY’sアカデミー一の“バカ”野郎と対戦できなかったのは残念でした。

そんなところまでぼくを見習って、しっかりとリハビリできるか心配です。

いろいろなチームがあって、いろいろな選手がいて、いろいろな個性がある。そんな野球人が世代を越えて一同に集まる。

行くところがあって、ぼくは幸せ者です。

今年こそ、みなさんを幸せにしたい!

どうぞ、今年もよろしくお願い致します。

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