« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月31日 (火)

School Ballers

19_400 前回の手直しを加えてから、早くも4ヵ月が経ちました。

新たに付け加えられた遠投も40m近くなり、18mのスローイングコンビネーションと合わせて順調に肩のパワーを回復しつつあります。

しかし、ここ最近は、停滞期に差し掛かっています。もう何度直面したであろう我慢の時期です。

毎日毎日、炎天下の中でトレーニングを続けるが目に見える復活の兆しは見えない。

何のためにやっているのか?、目標を見失いがちになる時期です。

しかし、それを見失わないのがぼくの偉いところ!(笑)

すべては、“自分”のために‥。

ゴールがどんなに遠くても、その一歩一歩が着実にぼくをゴールへ近づけてくれる。

ガマン、ガマン。絶対によくなると信じて今日も空地へ向かう。

先日、立て続けに何人かの教え子球児と会いました。

みんなゲッソリやせ細り、疲れで背中が丸くなり、トボトボと肩を落として歩いているのが印象的でした。

そんな彼らに、すべては“自分”のため、過酷な練習の日々がお前をゴールに‥と言っても今の彼らには響かないだろうと思いました。

やっぱり、中学生とは訳が違う。それが、高校野球なんですね。

家まで無事に帰れるかと心配になるぐらい、彼らの表情は印象的で今も頭から離れません。

同じ野球でも、ぼくの表情と彼らの表情はまったくの別物でした。

「とにかく耐えろ!」、そう言って彼らの肩をポンと叩くことしかぼくにはできませんでした。

自分もあんな時期があったのかな?、思い出せないから年って怖いものですね。

それとも、海外でのすばらしい経験が、ぼくの辛い日々を忘れさせてくれたかですね。

| | コメント (0)

2010年8月18日 (水)

Personal Approach

Cimg0738_400 ぼくが、今、体育の家庭教師として受け持っている選手が、先日の試合で人生“初”ホームランをカッ飛ばしました。

出会ってたった3回のレッスンで、彼は見事に目標を達成しました。

初回のレッスンのとき、「これからどうしたい?」というぼくの問い掛けに、彼は「ホームランを打ちたい」と言いました。

普通の子は、指導者がその手の質問をすると「苦手な分野、自信がない部分を克服したい」と言うものですが、彼は次のステップ、打者としてのレベルアップを明確に掲げていました。

実際にグラウンドに立ってプレーする選手にとって、コーチというのは1~2割の存在でしかないとぼくは考えています。

目標達成におけるプロセスに何らかのきっかけを与え、アプローチするための方法を提供することはできますが、やってくれなければ何の意味もありません。

そして、コーチがいなければ何もできないというのでは、恐らくその選手は大成しません。

それは、ぼく自身の経験からも言えることです。

アメリカに挑戦しはじめてからの2年間、ぼくはコーチに付きっきりの生活をしていました。

詳細は、過去の記事を読んで頂ければおわかりの通り、2006~2007年シーズンのパフォーマンスが“最悪”だったのはそのことが大きく関係しています。

良いことももちろんたくさんありましたが、マウンドで何ひとつ結果が出せなかったのは、ようするに「ひとりでは何もできなかった」からです。

彼がホームランを打てたのは、9割型彼の野球に対する“熱意”が勝った、これにつきます。

ただ、正直、こんなに早く結果が出るとは予想していませんでした。最初にお母様から報告を受けた時、恐らく誰よりも驚いていたのはこのぼくだったのかもしれません。

やはり、マンツーマンの力、徹底した個別指導の力というのは、今後の日本球界になくてはならない形になるでしょう。

例えば、レッスン時間。全体練習では、8~9時間はあたりまえですが、個別指導においては60~90分が主流です。

これは、比較するとあまりにも短く感じますが、付きっきりの指導において90分は正直充分過ぎるほど余裕を持って指導できます。

また、例えば、責任感についても言えます。野球というのは、教育の一環として導入された性質上、指導はボランティアというのが暗黙の了解です。

もちろん、それはそれですばらしい精神ですが、逆に言ったら、最悪その子が上達しなくても、最悪その子が“夢”や目標を達成できなくても、責任転嫁されることもないわけです。

責任もなく、見返りもない、赤の他人に誠心誠意自らの貴重な時間とエネルギーを掛けて責任を負える仏様のような指導者がはたしてどのくらいいるでしょうか?

クラブチームにおいて、今も昔も金銭トラブルが絶えないのも無理はないと思わざる終えません。

その点、個別指導では、他の習い事に比べ親御さんは破格の金銭的投資を「指導」に支払っています。

これは、チームに支払う運営費や遠征費などの部費とは訳が違います。

「あれ、残念でした。運が悪かったかな!?」なんて口がすべっても言えません。

ぼくには、彼の目標を達成させる責務があります。手を抜こうものなら、それは自分自身に跳ね返ってきます。

みなさんの中にも、ここまで読んで頂くと賛否両論の意見が生まれてくるはずです。

「政治と金」らぬ「野球と金」、「ボランティア」と「ビジネス」の対立、毎日のようにテレビで政治家が議論しているあの歯切れの悪いせめぎ合いに野球界もなってしまいます。

だから、みんな見て見ぬ振りをして、何もなかったかのように毎日グラウンドに出かけるんですね。

ぼくの結論は、「全体的“夢”はチームで、個別的“夢”はアカデミーで」

例えば、甲子園に行くには自分だけの力ではどうしようもありません。チームがあって、チームメイトがいて、組織として機能しなければどうしようもないからです。

しかし、ホームランを打つ、球を速くするなどといった個人的目標はマンツーマン指導が遥かに効果的です。

最終的に、ドラフトに掛かるとか名門校へスカウトされるとかいう場合、相手が見るのはチームの実績ではなく個人の能力、人間性です。

この両者を上手に使い分けている選手こそ、本当の意味で“上手い”選手なのかもしれません。

今どき、外部指導禁止なんていうチームがあれば、そのチームは自らの指導力に自信と誇りを持っていない証拠です。

チームでは、個人指導、個人的な私情はタブーとされますから、個を伸ばすことには限界があります。

したがって、空き時間を利用して外部で個を磨き、それをチームに還元してもらうことこそ本当の意味でのチームの勝利につながるとぼくは考えます。

あくまでも、これはぼくの選手としての見解であり、組織の中での指導方針ではありません。

もちろん、それが自主トレの範囲でできればそれが一番です。お金も掛からないし、強制されない環境の中で自らを奮い立たせることは相当の精神的、肉体的強さを要します。

それがみんななかなかできないから、怪物はその時代に一人しか生まれないものなんですね。

ぼくも、夏休みを利用して公園にいる子どもたちに引っ張ってもらわないと、毎日の走り込みに耐えられません。

| | コメント (0)

2010年8月 2日 (月)

Ideal

37_400 最近、気温が一段と上昇し、肩の状態も一段と上向いてきました。

ふと気づくと、遠投は30m以上、短い距離でもより本来の投げ方に近いフォームで投げれるようになりました。

もちろん、今後一生のお付き合いになるであろう痛みの再発は、未だにありません。

実は、手術する以前の数年は、本来の投球フォームで思うような球を投げることができなくなっていました。

昔は、肩を痛めたらサイドスローというような言われ方もされていたようですが、実は腕の角度を下げれば下げるほど肩への負担は大きくなります。

常に痛みを抱えていた影響で思いきり腕を下げることができず、痛みが出ないよう「ゼロポジション」と言われる斜め45°の角度から不本意な投球を続けていました。

アメリカの恩師からも、手術前最後のシーズンでは「おれが最初に見たお前のフォームはこんなんじゃなかった。」と期待を裏切るような投げ方をしていました。

それが今、昔のようにしっかりと腰を屈めサイドから腕を振れるようになりました。

まだまだぎこちなさは残りますが、ぼくにとってはひとつの区切りとして非常に嬉しく思っています。

ところで、このゼロポジションというのは、ぼくのピッチングスタイルにとっては不本意ではありますが、野球の本では基本中の基本とされる正しい投球フォームです。

肩や肘の筋肉が均等に伸ばされ、もっとも負担の掛からない角度として野手や本格派の投手には必須であると考えられています。

今日、ぼくがレッスンをした生徒は、やはり肘が下がり肩の後ろ側を慢性的に痛めていました。

ぼくの経験から言うと、まずは痛みを取り除くことが先決です。痛みを取らなければ何もできません。

痛みが取れたら、次はストレッチで柔軟性を高め、より理想とされる高さに肘を上げて行きます。これにはいろいろなアプローチの仕方があるので、楽しみながらでもすぐに上達するでしょう。

投げるにしても打つにしても、やはり選手にとってはこれだという自分自身の理想とするフォームを誰しもがもっているはずです。

コーチのアドバイスや無駄な部分をそぎ落として上手くなって行くものですが、投げ方においてはとくに、赤ちゃんでもおもちゃを放り投げるぐらい本能的に備わっている部分が大きいですから、やはり自分の頭で描く投球フォームは大事にして行きたいと思っています。

そうやって投げた球は、それはそれは遠くに早く、元気よく飛んでい行くものです。

| | コメント (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »