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2010年8月18日 (水)

Personal Approach

Cimg0738_400 ぼくが、今、体育の家庭教師として受け持っている選手が、先日の試合で人生“初”ホームランをカッ飛ばしました。

出会ってたった3回のレッスンで、彼は見事に目標を達成しました。

初回のレッスンのとき、「これからどうしたい?」というぼくの問い掛けに、彼は「ホームランを打ちたい」と言いました。

普通の子は、指導者がその手の質問をすると「苦手な分野、自信がない部分を克服したい」と言うものですが、彼は次のステップ、打者としてのレベルアップを明確に掲げていました。

実際にグラウンドに立ってプレーする選手にとって、コーチというのは1~2割の存在でしかないとぼくは考えています。

目標達成におけるプロセスに何らかのきっかけを与え、アプローチするための方法を提供することはできますが、やってくれなければ何の意味もありません。

そして、コーチがいなければ何もできないというのでは、恐らくその選手は大成しません。

それは、ぼく自身の経験からも言えることです。

アメリカに挑戦しはじめてからの2年間、ぼくはコーチに付きっきりの生活をしていました。

詳細は、過去の記事を読んで頂ければおわかりの通り、2006~2007年シーズンのパフォーマンスが“最悪”だったのはそのことが大きく関係しています。

良いことももちろんたくさんありましたが、マウンドで何ひとつ結果が出せなかったのは、ようするに「ひとりでは何もできなかった」からです。

彼がホームランを打てたのは、9割型彼の野球に対する“熱意”が勝った、これにつきます。

ただ、正直、こんなに早く結果が出るとは予想していませんでした。最初にお母様から報告を受けた時、恐らく誰よりも驚いていたのはこのぼくだったのかもしれません。

やはり、マンツーマンの力、徹底した個別指導の力というのは、今後の日本球界になくてはならない形になるでしょう。

例えば、レッスン時間。全体練習では、8~9時間はあたりまえですが、個別指導においては60~90分が主流です。

これは、比較するとあまりにも短く感じますが、付きっきりの指導において90分は正直充分過ぎるほど余裕を持って指導できます。

また、例えば、責任感についても言えます。野球というのは、教育の一環として導入された性質上、指導はボランティアというのが暗黙の了解です。

もちろん、それはそれですばらしい精神ですが、逆に言ったら、最悪その子が上達しなくても、最悪その子が“夢”や目標を達成できなくても、責任転嫁されることもないわけです。

責任もなく、見返りもない、赤の他人に誠心誠意自らの貴重な時間とエネルギーを掛けて責任を負える仏様のような指導者がはたしてどのくらいいるでしょうか?

クラブチームにおいて、今も昔も金銭トラブルが絶えないのも無理はないと思わざる終えません。

その点、個別指導では、他の習い事に比べ親御さんは破格の金銭的投資を「指導」に支払っています。

これは、チームに支払う運営費や遠征費などの部費とは訳が違います。

「あれ、残念でした。運が悪かったかな!?」なんて口がすべっても言えません。

ぼくには、彼の目標を達成させる責務があります。手を抜こうものなら、それは自分自身に跳ね返ってきます。

みなさんの中にも、ここまで読んで頂くと賛否両論の意見が生まれてくるはずです。

「政治と金」らぬ「野球と金」、「ボランティア」と「ビジネス」の対立、毎日のようにテレビで政治家が議論しているあの歯切れの悪いせめぎ合いに野球界もなってしまいます。

だから、みんな見て見ぬ振りをして、何もなかったかのように毎日グラウンドに出かけるんですね。

ぼくの結論は、「全体的“夢”はチームで、個別的“夢”はアカデミーで」

例えば、甲子園に行くには自分だけの力ではどうしようもありません。チームがあって、チームメイトがいて、組織として機能しなければどうしようもないからです。

しかし、ホームランを打つ、球を速くするなどといった個人的目標はマンツーマン指導が遥かに効果的です。

最終的に、ドラフトに掛かるとか名門校へスカウトされるとかいう場合、相手が見るのはチームの実績ではなく個人の能力、人間性です。

この両者を上手に使い分けている選手こそ、本当の意味で“上手い”選手なのかもしれません。

今どき、外部指導禁止なんていうチームがあれば、そのチームは自らの指導力に自信と誇りを持っていない証拠です。

チームでは、個人指導、個人的な私情はタブーとされますから、個を伸ばすことには限界があります。

したがって、空き時間を利用して外部で個を磨き、それをチームに還元してもらうことこそ本当の意味でのチームの勝利につながるとぼくは考えます。

あくまでも、これはぼくの選手としての見解であり、組織の中での指導方針ではありません。

もちろん、それが自主トレの範囲でできればそれが一番です。お金も掛からないし、強制されない環境の中で自らを奮い立たせることは相当の精神的、肉体的強さを要します。

それがみんななかなかできないから、怪物はその時代に一人しか生まれないものなんですね。

ぼくも、夏休みを利用して公園にいる子どもたちに引っ張ってもらわないと、毎日の走り込みに耐えられません。

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