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2011年4月27日 (水)

Humans are Animals

Cimg7398_400 今回、渡米を見送った最大の原因は、上半身の筋力が戻らなかったことでした。

30球を投げたところで突如現れる疲労感と脱力感。

これでは、一発勝負に勝てても、長いシーズンには勝てません。

これまで一貫してやり通してきた本能を呼び覚ますトレーニングは、機械的なトレーニングマシンを必要としません。

とにかく、人間的で動物的な動きに従い、外からの圧力ではなく内からの信号によって筋肉を成長させてきました。

しかし、それにも限界があり、筋力の増加とともに物足りなさと成長の停滞が生まれてしまいます。

以前のぼくだったら、「やっぱりジムに行かなきゃだめかな?」と考えました。

すぐにプロテインとササミを買い、毎日ジムに通ってせっせとベンチプレスを持ち上げていたでしょう。

たしかに筋骨隆々の体も憧れますが、それがぼくのスタイルではないことは薄々気づいています。

それよりも、「おサルさんの上半身を鍛えろと言われたら、ラットプルダウンを一生懸命教えるかな‥?」

「手に重りをつけて、毎日の生活で高い木に登らせた方がよっぽど効率的で効果的なんじゃないか‥?」

そう言えば、“孫悟空”も神様のもとで修業をしていたとき、重いシャツとリストバンドをつけてトレーニングしていたように思います。

昔は、手や足に重りをつけるためのバンドが売られていましたが、最近はハイテクなトレーニングマシンに押されあまり使われているのを見掛けません。

ぼくも神の手“三沢”のもとで修業を積んでいますので、とりあえずできることは何でもやってみようとこれまで約1ヵ月新たなメニューを実践してきました。

ポイントは、ダイナミックを崩さずに適度な負荷を掛ける。結果は、とても良好です。

上半身に今までよりも力強さを感じますし、30球でヘコたれることもなくなりました。

まだまだ様子見ではありますが、「引き続き継続して行こう!」と体が信号を発しているような気がします。

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2011年4月12日 (火)

Beyond The Hills

Cimg1953g_400ぼくを必要としてくれる人がいればどこへでも行く。

それが、Y'sアカデミーのモットーです。

仮にレッスンの2倍、3倍の時間が掛かろうが、仮に交通費がレッスン代を超えてしまおうが、今のぼくにはそれほど重要なことではありません。

その先にある新たな出会いとすばらしい経験が、今の自分をもっと成長させてくれると信じているからです。

Y'sアカデミーも、いよいよ埼玉県に進出しました!

個人的に思い出深い東武東上線に揺られること2時間、閑静な住宅街へと降り立ちました。

今回のレッスン内容は、「鉄棒」と「縄跳び」。

ぼくの小学校時代の大半を占めた大好きな運動のひとつです。

また、Y'sアカデミーは、「ベースボールアカデミー」ではありません。

野球以外にも、水泳やマット運動など、ぼくが経験し自信を持って指導提供できる競技であれば何でも教えています。

指導するにあたっても自分で練習を積み、観察力や表現力を磨く努力をしているので、今になって「うしろ三重跳び」と連続で「空中逆上がり」ができるようになりました。

この年でそんなことができるようになっても何の得にもなりませんが、どんな競技や種目であってもそれに向かう精神は同じということです。

「ぼくだってできる」、「もっとうまくなりたい」、そう思って一生懸命練習することが目標達成の鍵となります。

今回のレッスンでも、まずはじめにそのことを誓い指きりを交わしました。

「1回の練習で簡単にできるようになりました」、そう言える力はぼくにはまだありません。

しかし、「なんかできそうな気がする」、そう言ってくれた彼の一生懸命な姿に、目標達成の可能性を強く感じました。

この出会いを作ってくださるご家族や関係者の方々に深く感謝し、Y'sアカデミーの旅は県境を越えて突き進みます。

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2011年4月 8日 (金)

God damn it!

Photo014_400 この大震災の中、宮城県在住の友人がアメリカ独立リーグのキャンプに招待されたというすばらしいニュースを届けてくれた。

この大震災の中、部活動やグラウンド使用を禁止された中学生・高校生から次々とレッスンの依頼が入り、毎日子どもたちと練習をした。

どんな逆境に立たされても、みんな一生懸命野球に打ち込み、本当に野球が好きなんだなと思った。

被災の恐怖や不自由な日常を乗り越えようと、彼らにとっては野球がその役割を担っているように思えた。

ぼくはというと、依然として試練のまっただ中にいる。

メジャーの開幕をテレビが伝えれば、彼らのいなくなった施設を借りてマイナーのキャンプがスタートする。

トライアウトが開かれ、契約交渉やビザの申請が始まり、チームスタッフの動向に四苦八苦する。

奇跡にも近い順調なリハビリの中で、自分なりに自己分析や今後のプランニングを行い、昔お世話になった方々に要約顔向けできるという手応えも感じつつあった。

しかし、このリハビリはトレーナーである三沢さんとぼくの二人三脚で丁寧に丁寧に作り上げてきたものだ。

二人の意見と手応えが一致して初めて、「進化の手術」が実を結び渡米へのカウントダウンが始まる。

しっかりとしたコミュニケーションの中で、まだまだやるべきことがあることに気づかされた。

もし、1試合でよければ、もうある程度の球は投げれるかもしれない。

足元だけ見れば、もう大丈夫と言っていいのかもしれない。

しかし、毎日ブルペンに入り、長いシーズンを乗り越え、まだまだ終わることのない野球人生を全うするには、絶対にやらなければならないことがある。

それをないがしろにすれば、一生後悔することになるような気がする。

だから、腹をくくった。あと1年、あと1年我慢する。

ひとつだけ言えるとすれば、今はそのタイミングではない。

それが、これまで何度も何度も話し合ってきた二人の結論。

「いったい、いつになったら戻れんだ!」

そう叫んで、叫んで、叫んで、何度叫んでも気が済まないけど、結局やるしか道はない。

今まで当たり前のように登ってきたマウンドが、こんなにも遠く愛おしいものだとは思いもしなかった。

あと1年は正直長い‥、久々肩が落ちそうな気分を味わった。

しかし、自分が歩むと決めた道、我が「三流道」に悔いはなし。

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2011年4月 3日 (日)

Since Then

Cimg1952_400 本日をもちまして、高校野球を目指す中学3年生たちと行ってきたミニキャンプを無事打ち上げました。

同時に、2011年4月2日をもって、あの手術からちょうど2年が経ちました。

失えるものはすべて失った、そう思えるぐらいもう変な意地もプライドもありません。

誹謗中傷もへっちゃらなぐらい、言われるだけ言われ続けてきました。

それでも仕方がないんです。ボールが投げれない野球選手なんですから。。

それでも残ったものに、ぼくは人生をかけます。

人生のどん底を味わってさえ、消えることのなかった“夢”。

野球選手としてのどん底に突き落とされてなお、手を差し伸べてくれた“仲間”。

失って初めて、消えないものが見えた。

消えたものが無駄なものだったわけではない。

それは、絶対に必要なことでした。

今は、もう、なにが起きても笑っていられる気がします。

我が「三流道」に悔いはなし。

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