« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月30日 (土)

Caroucels

Photogfd014_400 今回痛みが再発したことで、あらためて仕上がりの悪い部分を見つけることができました。

現在は、毎日3セットに分けて入念なストレッチを続け、柔軟性の向上に努めています。

この「三沢ストレッチ」を初めて導入したのは、2009年9月のことでした。

手術から4ヵ月目のことです。

それから2年2ヵ月が経ち、「せっかくここまで来たのに、またあのときの状態に戻ってしまった‥」、そう思うことがあります。

毎日コツコツ努力を重ね忍耐強くリハビリを続けてきたのに、いったいどこまで歩みを進められたのだろう?

良くなって落ちて、良くなって落ちて、この繰り返しで我が“三流道”は依然として雲の中にあります。

後ろを振り向き、どこまで歩みを進められたのかこの目で確かめられたらどんなに楽かと思うこともあります。

しかし、手術を受けるときに「絶対に後悔はしない」と心に決めました。

どうせ後悔先に立たずだし、見たところであきらめられるほど器用な人間でもないので、誰よりも早くゴールテープを見つけられるよう前を向き続けて行った方がいいと、やっぱりそう思いました。

いつも子どもたちに言っている言葉、「前だけ見てろ」って感じですね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月18日 (月)

Y's Academy × MJ Athlete Baseball School

Dsc07373_4001998年8月20日、あのときぼくは高校の教室にいた。

先生からも特別に許可が下りた清掃中の教室で、あの世紀の一戦を目撃することになった。

我らが神奈川代表横浜高校vs大阪代表PL学園。

あの延長17回の死闘に、高校へ入学したばかりのぼくは度肝を抜かれた。

記憶に新しい早稲田実業vs駒大苫小牧の試合より、鮮烈な記憶として未だに蘇る。

その試合で、あの松坂投手から4安打した小さな2年生がPL学園にいた。

「たったひとつ上の先輩が、あの場所で闘っている」、そんな気持ちで見ていた。

後に、横浜ベイスターズにドラフト1位で入団する田中一徳選手である。

NPBを離れたあとアメリカ独立リーグに渡り、現在は現役を引退し横浜や川崎などでバッティングスクールを開いている。

先日、その「MJアスリート・ベースボールスクール」に、田中さんの臨時アシスタントとして参加させてもらった。

郊外のバッティングセンターで子どもが夢中になって球を打つ、そんな見慣れた光景の傍らに田中さんの姿がある。

その横で、日頃の指導をしっかりと実践しながら次の子がティーを打ち、その横のテニスコートで次の次の子が素振りをする。

すばらしい環境の中で才能ある子どもたちが一生懸命練習をしている姿に、田中選手のような一流のリードオフマンが誕生する日も近いのではないかと思わざるをえなかった。

ぼくにとっても、質問をし、話を聞き、指導を盗み見る良い勉強の場となった。

最近は、施設やグラウンドを持たず、バッティングセンターをそのまま間借りして運営される野球スクールが増えている。

Y'sアカデミーにも、現在第4週目をバッティングセンターの日と定め、一緒に電車に乗って通っている生徒がいる。

やっぱり、子どもたちの楽しそうな笑顔を見ていると、バッティングセンターが嫌いな子どもなんていないなとつくづく思う。

大型のアミューズメント施設に押され下火になった郊外のバッティングセンターをそのままスクールに変える、とても良いアイディアですね。

Y'sアカデミーも将来はバッティングセンターを買います。

そのために、今は絶えず修行の日々です!

| | コメント (0)

2011年7月12日 (火)

Check It Out! 2

アサヒ飲料CM情報:http://www.asahiinryo.co.jp/mitsuya-cider/sp/cm/cm03.html

Cimg1780_400_2 俳優の向井理さんと楽天の田中将大投手が共演した「三ツ矢サイダー オールゼロ」のCMがこのたび公開されました。

向井さんのうしろで田中投手の球を受けているキャッチャー、実はあれぼくです。

去年の冬、できることはなんでもやろうと胸に誓い、初めてのCM撮影に挑戦していました。

NTTフレッツのCMより数ヵ月前で、ぼくにとっては正真正銘この撮影が初めての作品でした。

向井さんにバッティング指導をしたり、田中投手の球をとったり、スーパースターの空気感を間近に味わいながら、どこであっても野球があることの喜びを噛みしめて挑みました。

田中投手がインタビューでも述べているように、日本を代表する投手の生きた球を自らの手で感じることができたのは大変光栄なことでした。

ウォーミングアップを含め、彼の表情や息遣い、投球フォームを見つめることで、お金以上の貴重な報酬を受け取って帰ることができました。

その時点で、田中投手は、かなりの違和感を肩に感じているような仕草や発言を多用していました。

しかし、2ヵ月後のキャンプインでは、初日からエンジン全開の投球を見せていたという報道を見かけました。

超一流選手の恐るべし調整力、そこにある努力の賜物を直接見ることができたように感じます。

また、向井さんのオン&オフの切り替えもプロフェッショナルを感じました。

多忙な毎日を乗り切るための方法というか、保持するエネルギーの効率的な使い方という意味では野球に通ずるところがあったように思います。

まったくの別世界ではありますが、その世界に君臨する超一流のスパースターと同じ空気を味わえることで、野球とは違ったエネルギーをもらえる気がします。

また、このような仕事を積極的に行うことは、ぼくにとって現役引退後のセカンドキャリアを充実させるという意味でもとても良い学習の場となっています。

もちろん、そろそろ引退をなんて考えているわけではありませんが、野球というスポーツがグラウンドの外でどう利用されているのかを知ることは大変興味深いです。

ぜひぜひ、ぼくの初撮影&“上半身”スクリーンデビュー作をお楽しみください!(ちなみに、前回のデビュー作では“手”を演じていました)

| | コメント (0)

2011年7月 6日 (水)

in My Heart

Dsc07370_400ぼくが成し遂げようとしている「進化の手術」とは、すなわちこういうことだ。

通常、ケガをした状態は、ライバルやチームメイトと同じスタートラインに立てない状態であり、“マイナス”と捉えられることが多い。

一般的に、手術は、その痛みを取り除きもう一度“ゼロ”からのスタートラインに立つための手段と考えられている。

しかし、ケガをするということは、五体満足では得られない多くのことを学び、今まで気づくことのなかった部分のトレーニングや技術習得ができ、ケガをしたからと言って今までの経験が“ゼロ”になることは決してない。

その状態で痛みが取れれば、痛みのストレスを感じていたときよりもさらに躍動的なプレーが可能となり、ケガで学んだすべてをボールにのせれば間違いなく以前より“ハート”のこもった球が投げられる。

つまりそれは、プラスをさらに“プラス”に変えるための手術であり、レベルアップの手段の一つとして手術をするという選択肢があってもいいのではないかとぼくは考えたわけである。

それが、ぼくの考える「進化の手術」であり、そのためには以前の状態よりも悪いとか稼働範囲が狭いとか、そういう失態は許されない。

したがって、今ぼくが取り組んでいるリハビリには、より上質でより正確なプロセスが必要とされる。

ぼくはこのリハビリの中でたくさんの知識を得たが、やはり精神的な強さをさらに強固なものにしたというのが一番にくる。

何ごとにもめげず、険しい山道にも挫けず、忍耐強く立ち向かっていく勇気を得た。

そんなぼくの「進化の手術」が、高橋浩一氏著『ケガに打ち克つメンタルトレーニング』の中で紹介されました。

ぼくが唯一誇れるもの、それは強靭な“ハート”しかない。

そのハートの部分で、みなさまにメッセージを送れることがなによりも嬉しく思っています。

ほんの少しでも、どんな一部分でも、自分の生きる道が誰かの道しるべとなれば、我が「三流道」に悔いはなしです。

また、高橋先生とこうして出会えたことが、このリハビリを進める上で何よりの励みとなりました。

アスリートに限らず、大人から子どもまで、ケガや病気に悩むすべての方々に読んで頂ける内容となっております。

ベースボール・マガジン社発行、高橋浩一著『ケガに打ち克つメンタルトレーニング』をどうぞよろしくお願い致します。

【amazon.co.jp】

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E9%81%B8%E6%89%8B%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%B1%E3%82%AC%E3%81%AB%E6%89%93%E3%81%A1%E5%85%8B%E3%81%A4%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E6%B5%A9%E4%B8%80/dp/4583103867/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1309961783&sr=1-1

| | コメント (0)

2011年7月 1日 (金)

The GodHand

Dsc07387_400 なぜ戦争は絶えないのか?それは“神”が偉大だから‥。

神の手には不思議な力が宿り、常識では説明のつかない奇跡を次々と起こす。

現代科学や西洋医学は学問に過ぎない。

神はそのすべてを超越し、人々に希望と勇気を与える。

あんなにがっちりと握手が決まる相手をぼくは知らない。

握手をしただけで、相手をあんなに勇気づけられる人をぼくは他に知らない。

ここ数ヵ月、ぼくは肩の痛みに苦しんでいた。

痛くて痛くて、日常生活にも支障が出るほどの痛烈な痛みだった。

「進化の手術を証明できる」そう確信した矢先の出来事に、かつてないほどの衝撃を受け、練習に身が入らぬ日々が続いていた。

しかし、ぼくは、今日、野球ができることの喜びを全身で感じながら100球を投げた。

木に引っかかり、かろうじてつなぎ止めたその命を、一瞬にして日の当たる場所へ導いてくれた。

その神は、いつも突然、真夜中にぼくのうちへやってくる。

いつも優しく、いつも穏やかに、ぼくなんかの話にも熱心に耳を傾けてくれ、絶対に口先だけでものを言わない。

見るまで絶対にものを言わず、見たら一瞬にしてその答えを証明する。

医者がメスを使うなら、神はその手をメスに変える。

鋭い刃物が突き刺さるような、まるで指ごと肩にのめり込んでいるような激しい痛みが全身を走った。

しかし、その数分後、あれだけ痛みに顔をゆがめた肩が、ほころぶ笑みを抑え切れないまでに様変わりする。

「みんなその痛みで引退したり、2回3回と手術を受けるんだよ」という言葉を聞いて、ふと我に返ると同時に血の気が引くのを感じた。

昔からあった痛み、手術でも見落とした部分かもしれない。

神にだけは、その痛みの根源がはっきりと見て取れたらしい。

このつなぎ止めた命を絶対に無駄にするわけにはいかない。

我が神“三沢亮介”に、この命が続く限りの使命を授かった。

| | コメント (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »