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2011年11月 2日 (水)

KEJIME

Cimg4003_400 今回は、野球とは直接関係のないことではありますが、2005年に海を渡ってからずっとみなさまにご迷惑とご心配の声を頂いてきたので、ここにご報告させて頂きます。

2005年~2009年まで、ぼくは秋と冬に大学に在籍し、春と夏に海を渡るというかたちで文武両道の道を歩んできました。

通年授業の中で前期を休学し、後期の授業を2単位ずつ取ることで卒業に必要な132単位を取得しようとする地道な挑戦でした。

しかし、そこには休学の手続きと学費の納入という大きな障害があります。

母校青山学院大学には休学の厳しい規定があり、授業料年額3/4相当額および諸費用を納めなければこれまでの習得単位を留保してもらうことができません。

また、在籍は最長で8年間、1学期の休学は合計で4期しかできず、ぼくはそのうち7年間在籍し3期の休学をしました。

文字通りもう後がない状況の中で、親に学費を借り、関係者の方々に仕事の面倒を見てもらい、費用を免除して頂くなどして多大なご迷惑をお掛けしました。

ただ、今回手術を受けたことでリハビリ生活が予想以上に長くなり、結果的に幸か不幸かたくさんの仕事にチャレンジすることができました。

野球の家庭教師にはじまり、縄跳びや鉄棒のインストラクター、CMやPVの撮影、アンケート調査や工場の仕分け作業などなど、時間と体力の許す限りなんでもやりました。

そして、このたび晴れて、その挑戦に費やした費用をすべて返済することができました!

車1台分は優に数えられるでしょうか?30歳を目前にして、ギリギリなんとか滑り込みで、悲願の独立を勝ち取りました。

また、それと同時に、国内外を問わず常にひとり孤独な挑戦が幕を開けます。

安定した収入は限りなくゼロに近く、いつ職を失い、いつ家を失うかもわからない状況の中で、大きなリスクをともなうことは容易に想像できます。

しかし、今回の決断はやはり“KEJIME”です。

マイナーリーグの世界では、貧困に苦しみ、帰るあてもなく、命からがら亡命してくる選手たちが山ほどしのぎを削る世界です。

それに比べれば、自分はなんて恵まれた幸せ者なんだろうと感謝すると同時に、常にそのハングリー精神のしのぎ合いともいえる究極の勝負に力の差を感じてきました。

その意味も込めて、今回“KEJIME”をつけることでさらに自分自身にプレッシャーをかけ、頼るあてのない状況の中で彼らにも勝るとも劣らない貧困の世界へ足を踏み入れてみようと決めました。

もしかして、将来、どこかの河川敷で、段ボールの中からみなさんとお会いすることになるかもしれません。

もしかして、将来、どこかのチャンネルで、スクリーンの中からみなさんとお会いすることになるかもしれません。

どちらに転ぶかわからない、どれだけ強くなれるかわからない、だから人生捨てたもんじゃない。

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