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2012年3月28日 (水)

Check This Out - NTT West -

Dsc08967_400 本日開幕したMLBのチケットは取り損ねましたが、それより一足はやくイチローさんにお会いしたNTT西日本の新CMがこの度リリースされました。

今回も、例によってぼくの出番はございませんが、イチローさんの影武者であるスタンドインという名誉ある大役を仰せつかり、イチローさん初のソフトボール対決を目の当たりにしてきました。

どんな状況であっても、どんなボールであっても、仕留めることへの強い信念がそこにはありました。

また、どんな状況であっても、どんなボールであっても、打てたときの喜びは世界の頂点に君臨する者とは思えないほど純粋無垢なものでした。

決して現状に満足することなく常に進化を求めるということはメディアを通じてよく耳にすることですが、この悔しさ、この喜びがあるからこそ頂点に君臨してもなお進化を求められるのだろうということに初めて気づきました。

グラウンドでは常にポーカーフェイスのイチローさんですが、その内に隠される感情豊かな表情を垣間見れ、またひとつ貴重な貴重な“イチ流”選手の心構えを見ることができた気がします。

関東ではテレビで見ることができないのがとても残念ですが、そんなところに注目しながらぜひぜひお楽しみください。

ちなみに、イチローさんが2~3カットで終了したあの階段ダッシュも、ぼくは朝から30本走り本番に備えました‥。笑

これが“イチ流道”と“三流道”の交わる奇跡なんだと感謝し、喜んで走らせていただきました。

NTT西日本 CMライブラリ  http://www.ntt-west.co.jp/ad/  

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2012年3月19日 (月)

Call on The God

Dscn8709_400 「いよいよ終わりになる。これから何をして生きて行こうか‥」、そんなことを考えながら家路についた。

今日は、東京ドームのブルペンを借りてピンチング練習をした。

現在、右肩にはあの最後のマウンドで感じた同じレベルの痛みがあり、こうやってキーボードに手をおくのもままならない状態である。

リハビリは最終段階にきている。そうわかっていても、その最後の打開策が見出せないまま日々痛みと闘う日々を繰り返している。

覚悟を決めた三沢トレーナーへの電話で、彼はこう言った。

『これはチャンスかもしれない。すべての点と点は結ばれた』

これまでも彼の目測が誤ったことは一度もない。ムリなものはムリ、ダメなものはダメとはっきりと言ってくれる。

ただ教えを乞うだけの相手ではなく、彼がどんなにすごかろうがぼくは必ず先に自分の見解を伝える。

人間の体でもっとも複雑な関節と言われる肩。触れても押しても、レントゲンやMRIを駆使してもどうにもわからない奥の奥がある。

あまりの痛みで、その奥の奥までアプローチする方法がわかった。

あの神の手を持つ三沢トレーナーが、継続したリハビリの中で絶対にぼくの施術をしない理由とは?

『おれが痛みを取ってもしょうがない』

日々トレーニングをして行く中で、背中が痛い、首が痛い、肩のどの部分が痛いと問題が出てくる。そして、そこが自分の弱点なんだと気づく。

もし復帰できたら、そこを重点的に補おうと努力する。そして、トレーナーがいないから、こうすれば痛いところに手が届くと試行錯誤を繰り返す。

そのプロセスの中で、今日、最後の最後に手が届くかもしれないいくつかのアプローチを発見した。

三沢トレーナーとの意見は完全に一致。そのアプローチで攻めよう。

もう、弱気とか諦めるとかどうでもいい。上を向いたって、下を向いたって、歩けばそれが道となり、きっと道は開ける。

もう一度おもいっきりボールを投げてみたい。何とか最後に効いてくれ、神様お願いします!

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2012年3月11日 (日)

The Ultimatum

Cimg2335_400 先日、練習の中ですごくよい感触をつかんだので、背中の張りが完全に取れた旨の報告を三沢トレーナーにしました。

残りは本当にあと一つ、「テイクバックにおける稼動域の回復」です。

ただ、この問題は投球を再開した2年以上前からずっと取り組んできた課題であり、これまでにさまざまなアプローチを試みてきましたが依然変化が見られない深刻な問題でもあります。

ぼくも、この稼動域が戻らなければ絶対にマウンドで120パーセントの全力投球ができないと何度も何度も言ってきました。

そんなことは三沢トレーナーも百も承知で、サポートしてもらって以来初めて厳しい言葉を投げかけられました。

『もし今のメニューで反応が出なければ、限界に近いかもしれない‥』

『限界とまでは言わないが、限りなく限界に近いことは確かだ』

たとえば、三沢トレーナーの技術をもってすれば一時的に稼働域を広げることは容易にできるし、ぼくもこれまでの数々の奇跡的な治療でそれを目の当たりにしてきました。

この言葉の真意は、今後起こるであろうまさかの事態に備えて、海外であっても自ら対応できる自然な状態で回復することが望ましいという意味なんです。

お互い、いつまでもどこまでもずっといっしょにいられるという保証はどこにもありません。

そして、ともに海外の野球界でひとり孤独な挑戦を続けてきた者として、復帰後にどのような状況に置かれるかを熟知しています。

ひとの手を借りて、一時的に、その場しのぎで良くなっても意味がない。そんな意味で“限界に近い”という表現を使ったのだと思います。

いつの間にか、『進化の手術』というこのリハビリ最大のテーマを口にすることがなくなっていました。

今までよりマイナスではだめ、今までと同じでもだめ、今までよりさらに良くなっていないと復活のマウンドが同時に引退のマウンドということも充分に考えられます。

いずれにしても、三沢トレーナーからの限界通告は、どちらに転ぶにせよこのリハビリが最終段階にきていることを意味します。

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2012年3月 7日 (水)

My HERO

Img_0135__400 男なら、誰しも一度は心に描いた自分だけの“ヒーロー”がいる。

ウルトラマンだったり、仮面ライダーだったり、どんな相手にでも決して恐れず勇敢に立ち向かってゆく無敵のヒーロー。

ぼくもそのヒーローを称える曲をかけ、何度も何度も聞きながら繰り返しその名前を呼んだ。

弱い人間にほどその存在は大きく、ぼくにはそれが未だに大きく大きく心の中にあり続けている。

ヒーローはいつまでも心の中にいる。そう思っていたから、目の前に現れたヒーローの記憶が数日経った今もあまり残っていない。

例えば憧れの存在に会ったとき、ぼくはその一挙手一投足を追ってしっかりとその言動を心に刻む。

それが将来、きっと何かの役に立つ、自分をもっともっと成長させてくれると信じているから。

しかし、今回は違う。子どもの頃からずっと心に描いてきたヒーローがまさにぼくの目の前にいる。

そのことがあまりにも信じられなくて、なぜだかその日一日なにかを見たり聞いたり、その場に居合わせた記憶があまりない。

当時ぼくは中学1年。泥だらけになって必死に最強チームの猛練習に食らいつき、終電近くの電車でスパイクを磨く日々を繰り返していた。

その頃ぼくのヒーローは、だれもが目指す“夢”の舞台で旋風を巻き起こし、世界一のマウンドに君臨する最強の投手だった。

ぼくが初めて“夢”の存在を口にしたのは、小学6年の文集だった。今でもはっきりと心に残る『大リーガー』の文字。ぼくはあのとき、ヒーローと同じ舞台を選んだ。

そんなヒーローと“三流道”が交わる奇跡。ずっと野球をやってきてよかった、あきらめずに挑戦し続けてきてよかったとか言う前に、もうこればっかりは奇跡としか言いようがない。

“HERO”を日本語に訳すと『英雄』。英雄の名がもっとも相応しいのは、『野茂英雄』しかいない。

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